単独者鮎川信夫 書評|野沢 啓(思潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月22日 / 新聞掲載日:2020年2月21日(第3328号)

単独者鮎川信夫 書評
「戦後詩」の遺言を引き受け、 詩と批評の深層の航海を生きる
ヤヌスとして生きる社会的意義と、未来にむかう詩的水平線

単独者鮎川信夫
著 者:野沢 啓
出版社:思潮社
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単独者鮎川信夫(野沢 啓)思潮社
単独者鮎川信夫
野沢 啓
思潮社
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 本日の二冊は、評論集『単独者鮎川信夫』と詩集『発熱装置』である。

著者は、詩論家で詩人の野沢啓(ペンネーム)だが、本名は、未來社社主の西谷能英である。著者の父・西谷能雄は、京都大学や大谷大学で教鞭をとった西谷啓治の従兄弟である。関西で出版業を経験し、東京で未來社を創業した。丸山眞男や橋川文三の名著を刊行してきた出版社である。

評論集『単独者鮎川信夫』は、いま、なぜ鮎川信夫なのかを問うものである。その背景には、ここ数年の詩人石原吉郎ブームにつづく、いくつも出版された鮎川信夫論の存在がある。この鮎川信夫論は、全体の構成と先行する鮎川論への目配りから推察すると、鮎川信夫と近代の問題を語る最終ランナーといえるだろう。

『単独者鮎川信夫』は、「いま、なぜ鮎川信夫なのか」(「序」)からはじまる「鮎川信夫とは誰か」「鮎川信夫という方法」「鮎川信夫と近代」「鮎川信夫と表現の思想」の四章からなる論理構造的な作家論である。本著では、ほぼすべての先行テクストが指摘する発見と考察の批評に関する統合的な読み込みがある。さらには、アガンべンやリクールなどの思想の引用による批評相対性の論理がある。ここには、時代のテクストを解析する文芸学の理論がいくつも横たわっている。なかでも、著者の最も主張するところは、隠喩論からみた鮎川信夫像であろう。鮎川信夫の達成した世界の豊かさ、深さ、ことばの魅力だけではない。ことばの緊張感やリズム、イメージの豊かさも、この隠喩に関わるものと考える。著者は、詩的表現における隠喩性に強い信頼をおくが、その理解には、「言葉の言換え」から「言表全体」へと拡大する構造的な隠喩解釈に優位性をもつ。さらには、鮎川信夫の表現の思想にみる「早すぎる〈老年〉」は、鮎川信夫の晩年をみごとにとらえたものだ。
発熱装置(野沢 啓)思潮社
発熱装置
野沢 啓
思潮社
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 詩集『発熱装置』に結晶するもの。それは、「日録」風の詩的断章である。「とにかく書いてしまうことだけが/真実への窓を開く/はずだ」。取り巻いた生活空間に長い間沈殿して、いま世界が事後的にみえてくる。そこに、現代詩をとりまく環境への違和感からの危機意識と次世代への警鐘を綴る。「若者たちはことばの意匠に技を競い/生きることに疲れたものたちはなすすべもなく声を失う」。人間の生の言葉を発話する身体の基底があらわになった。「雨の降りやまないこの夜更け/ノルマの校正仕事から解放されて/それでも多くのことばを読む」。詩人が、間テクスト性に接近すると、言葉は、時空間にせりだすポエジーとなった。時間が流れ、差延的なテクストの引用が、生きた詩の発話と重なる。

鮎川信夫と父親との相克と葛藤は、日本が象徴する戦後的な父と子の肖像である。そこには、戦前から敗戦をはさんだ戦後の複雑に曲折する父子の影が投射されている。何故、野沢啓が、鮎川信夫に固執するのか。そこに、巨大なエディプスである自己の父親と同世代の鮎川信夫という「戦後詩」の遺言を引き受けたのである。日本近代の私小説の起源は、遺書を書く事からはじまった。「死んだ男」などの戦争詩篇を書く鮎川信夫を代表とする「戦後詩」とは、詩によって書かれた遺書である。著者は、鮎川信夫の存在によって、みずからのエディプスと闘う詩と批評の深層の航海を生きているのだ。

野沢啓は、言葉の時空(クロノトポス)を生きる。その両義性は、しいられた経営と文芸へのやみ難い思いである。門を守るヤヌス(双面神)を生きるとは、文芸生成と経営管理をつかさどる前と後ろに顔をむける神にちかい孤独にいることだ。今、著者は、厳しさのなかで、詩と批評を書いている。そこに、ヤヌスとして生きる社会的意義があり、可能性として開かれた未来にむかう詩的水平線がある。現実という速い海流の流れは、いつもあらたな生と行動のモデルを見出し、文芸の深層の声を伝えている。(おかもと・かつひと=詩人・文芸評論家)


★のざわ・けい=
この記事の中でご紹介した本
単独者鮎川信夫/思潮社
単独者鮎川信夫
著 者:野沢 啓
出版社:思潮社
「単独者鮎川信夫」は以下からご購入できます
発熱装置/思潮社
発熱装置
著 者:野沢 啓
出版社:思潮社
「発熱装置」は以下からご購入できます
「発熱装置」出版社のホームページはこちら
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