ミヤザキワールド─宮崎駿の闇と光─ 書評|スーザン・ネイピア(早川書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月22日 / 新聞掲載日:2020年2月21日(第3328号)

ミヤザキワールド─宮崎駿の闇と光─ 書評
作品の深部に分け入る明晰な分析力
宮崎の生涯と作品とを重ねる濃密な作品論、評伝

ミヤザキワールド─宮崎駿の闇と光─
著 者:スーザン・ネイピア
出版社:早川書房
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  宮崎駿の人と作品については、これまで膨大に論じられ、単行本や雑誌の特集もたくさん出版されてきた。実際、この本が刊行された前後にも、赤坂憲雄の『ナウシカ考 風の谷の黙示録』や稲葉振一郎の『ナウシカ解読 増補版』が上梓され、それぞれ話題にもなっている。いまや日本を代表する国際的なアニメ作家である宮崎の世界が、人々の心を捉える源泉はどこにあるのか。

この本は、これまでの彼の人生と彼が生きてきた時代背景を闇と光の両面から照射して、その作品の魅力を読み解こうとする画期的な試みだ。著者は、以前『現代日本のアニメ』(二〇〇二年)で、『AKIRA』や『らんま1/2』から当時の宮崎アニメまで、日本のアニメ史を日本の文化的伝統を背景に斬新な視点から多面的に論じてみせて、その豊富な知見に驚かされた。本書でも先行する膨大な情報を綿密に編み込み、宮崎本人とジブリ関係者へのインタビューや、作品の舞台になった場所の取材なども織り交ぜて作品の深部に分け入る、その明晰な分析力には驚嘆させられる。

宮崎の抱えた闇とは何か。その一つが、少年時の母の病気であり、もう一つは戦時下に父親が軍事産業の一翼を担い、そのおかげで戦中にもかかわらず比較的豊かな暮らしをしていた事への罪悪感である。とりわけ、宮崎が四歳半で体験した空襲で、一家がトラックで逃げようとしたとき、女の子を抱いた顔見知りのおばさんが、一緒に乗せてくれと哀願するのを振り切って避難した記憶がトラウマのように残る。戦闘機や飛行機への宮崎の思い入れは、彼の父親と叔父が零戦の部品を作る会社を経営していたことと無縁ではない。また祖父は複数の発明で特許を幾つも持っているから、宮崎は機械への情熱を受け継いでいるのかもしれないとも推測する。

「宮崎は戦争の悲惨さについて積極的に語る一方で、迫力ある戦闘シーンを描くことに取りつかれていた」と著者はいい、この矛盾が最も如実に表れたのが『風立ちぬ』で、「この作品は戦争を非難している反面、軍事兵器の巧妙な設計に執拗なまでにこだわり、その武器としての性能を丹精込めて描写している」と述べる。それが、『もののけ姫』のアシタカに言わせた「曇りなき眼で物事を見定める」という宮崎の原則を放棄しているのではないかとか、ファシズムを擁護しているのではないかとの批判を呼ぶ。それに対して著者は、「家族の戦争責任を正面から直視している」といい、テクノロジーの進化が人類に問いかけた難題に直面しているとともに、大戦末期に日本人全体が共有していた無力感を追体験しているようだとも述べaにわたって政治や国際情勢に関心を持ち続けているのも母親の政治への関心が大きく影響しているのは間違いないとし、戦後の「松川事件」をめぐって、二人が激論した事実を挙げる。体制的な母に対し、宮崎は左翼的な視点から母を説き伏せようとするのだが、そこには息子の意見に屈しない強い母の姿がある。幼少期に母が結核と闘病中で一時的に不在だった喪失感と、日本の近代化による自然環境の喪失感は、『となりのトトロ』を生み、強くて自立的な母の姿は、『ナウシカ』や『もののけ姫』のサンのキャラクターに投影されているというように、宮崎の生涯と作品と重ねながらの濃密な作品論であり評伝としても興味が尽きない。『ナウシカ』や『トトロ』が、中尾佐助の『栽培植物と農耕の起源』にインスパイアされたというのも、なるほどと思わされた。『ラピュタ』に日本的な「もののあわれ」を感じさせるなどの分析もユニークだ。日本のアニメ研究第一人者によるこの本は、中国、韓国をはじめ、ロシアやアラビア語版も刊行されるという。アメリカの研究者による宮崎アニメの解読を通して、現代日本文化の奥行きの深さが世界に発信されるのは素晴らしい。(仲達志訳)(のがみ・あきら=編集者・子ども文化評論家)

この記事の中でご紹介した本
ミヤザキワールド─宮崎駿の闇と光─/早川書房
ミヤザキワールド─宮崎駿の闇と光─
著 者:スーザン・ネイピア
出版社:早川書房
「ミヤザキワールド─宮崎駿の闇と光─」は以下からご購入できます
「ミヤザキワールド─宮崎駿の闇と光─」出版社のホームページはこちら
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