短篇集ダブル サイドA 書評|パク・ミンギュ(筑摩書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月29日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

短篇集ダブル サイドA 書評
パク・ミンギュの「ダブル」の誘い
「同一性」という探し物、 黒と白とのはざまにあるような存在

短篇集ダブル サイドA
著 者:パク・ミンギュ、斎藤 真理子
出版社:筑摩書房
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 『ダブル』は、LPのダブルアルバムの形式をコンセプトに、サイドAとサイドBの二冊セットで刊行されている。話題を呼んだ『カステラ』が書かれた二〇〇五年から二〇一〇年の間に書かれた短篇集で、二冊合わせて十七篇も収録されており、パク・ミンギュの文体や世界観を存分に楽しむことができる。

作者が、すべての作品をそれぞれ何者かへの贈り物(オバマ大統領やラリー・ペイジなど)として書いているという面白い裏話や、各短篇の背景知識などは、訳者解説に詳しいので、ぜひ参照されたい。現代「文学」という、ポストモダン極まったこの時代に成立すら危ぶまれるような営みにおいて、最も価値のある作品を生み出す作家のひとりであることは間違いない。それでなくとも純文学的(?)、SF的、寓話的作品もないまぜになった、様々な形式や内容を、作者自身が言っているように「ただ物語として楽しんでもらえれば」(『サイドB』「訳者解説」)と心から思う。

その上で、とりわけていうことがあるとするならば、本書で際立っている「差異と同一性」の問題であろう。『サイドB』巻末の作者メッセージがおそらくすべてを表している。「シマウマ、マレーバク、パンダ、ホルスタイン、ペンギン、シャチ……」「何の保護色もなく、黒い、白い、または黒くもあるし白くもあるどなたかが読んでくだされば嬉しいことです」(「日本の読者の皆さんへ」)とあるように、作者は我々という存在を、黒と白とのはざまにあるようなものとして捉えている。と同時に作品自体にも、黒でも白でもあり、あるいは黒でも白でもないようなものが表象されている。端的なのは『サイドA』所収の「近所」。がんで死の宣告を受けた中年男性が、故郷で三十年前に小学校の校庭に埋めたタイムカプセルを掘り起こす話なのだが、「たぶんこの、近所、のはずだ」と埋めた場所を同定できないシーンから、「僕はずっと/『僕』の近所をうろついてきただけの人間なのだ」というように、死を前にして自己存在の意義を同定できずにいる主人公のメンタリティが描写される。埋めたのが、羅針盤なのか『プルターク英雄伝』なのかもはっきりしなくなり、さまざまな物事が二重になって、一つの中心に同定できない。人間の生も世の諸行もある特定の同一性に規定することができず、せいぜい「たぶん、ここの/近所のはずだ」と思うことしかできない。あとから植えられた木と、当時あった柳の木のあいだあたり。子どもの足で五歩、今の足で三歩のあいだのどこか。そんなはざまのどこかに、我々はずっと「同一性」という探し物をしているのだろう。この、生きるとは何か、人間とは何か、という問題意識は、多くの短篇に共通して見られる。

「近所」において感動的なのは、そんな問題意識が作品の言葉においても巧まれているということだ。三歩、五歩のように、この短篇には、数字が多く用いられる。「十一歳の少年時代」、「五月の日差し」、「目が覚めたのは夜の七時で」、小学校の同級生で久々に再開して気になっているスニムは「六年一組八番」。数字というのは本来、同一の基準の上で、物事を客観的に計測することのできる概念だ。定規のように一直線上に一と二と三があって、自分が二であれば前は一、後ろは三。このような形で自己同一性を規定できるのが数字である。「近所」は数字で時空間を表現しながらも、同一性を規定しようとすればするほど、規定できなくなっていく。「三十年前の少年と三十年後の中年が一緒に叫ぶ」という一文に表れるように、数字が過去と現在を重ね、こことあそこを重ね、羅針盤と『プルターク英雄伝』を重ね、その「ダブル」ミーニングのはざまに揺れ動く「何か」を、白でもあり黒でもある「何か」を、読者の眼前に表現してくれるのだ。読者である我々もまた、パク・ミンギュの「ダブル」の誘いに、サイドAとサイドBのはざまで揺れながら、「何の保護色もなく」生きるということについて意識し始めるだろう。
この記事の中でご紹介した本
短篇集ダブル サイドA/筑摩書房
短篇集ダブル サイドA
著 者:パク・ミンギュ、斎藤 真理子
出版社:筑摩書房
「短篇集ダブル サイドA」は以下からご購入できます
短篇集ダブル サイドB/筑摩書房
短篇集ダブル サイドB
著 者:パク・ミンギュ
翻訳者:斎藤 真理子
出版社:筑摩書房
「短篇集ダブル サイドB」は以下からご購入できます
「短篇集ダブル サイドB」出版社のホームページはこちら
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