靴ひも 書評|ドメニコ・スタルノーネ(新潮社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月29日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

靴ひも 書評
家族のかたちは千差万別
たとえ風変わりな「結び方」だろうと

靴ひも
著 者:ドメニコ・スタルノーネ
翻訳者:関口 英子
出版社:新潮社
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 今日もメディアを賑わす不実な夫。古今東西、懲りずに絶えず繰り返される過ち。四十年前のナポリにも家族より恋を選んだ夫がいた。妻とは正反対の、若く美しく贅沢を好む女に惹かれる夫。大学で教鞭を執ることもあるインテリは、若い娘と交わることも時代に乗り遅れない自己を実現するためであった。しかしほどなく想定外に、夫にとってそれは本物の恋となる。あくまで時代の先端を行くための関係だったはずが、気がつくと「時代錯誤な方法で」愛していた。彼女と離れることを思うと「死にたいほど悲しく」なるほどに。

「もしも忘れているのなら、思い出させてあげましょう。私はあなたの妻です」

この挑発的で衝撃的な一文で始まるドメニコ・スタルノーネ著『靴ひも』は、夫の不義を知ってから四年の間に妻が夫へ宛てた九通の手紙で幕を開ける。幼い子供二人と妻を残して若い女へ走りながら、事実を明かすことも帰るそぶりも見せない夫は、極限まで妻を追い詰める。暴力的と言えるほど激しく憤りながらも常に子を思う妻の姿に読者は揺さぶられ、彼女とともに夫をなじりたくなるだろう。妻が命を失いかけても、自分が子供への権利を失いかけても後戻りしようとしない夫。「いつも薄暗」い部屋で必死に家族を守る妻に対して、「光あふれるマンションで」恋の相手と人生を謳歌する夫。この夫婦の間に生じた距離は、ナポリとローマのそれよりも遙か遠く、到底埋められないものに思える。

四十年後。七十代半ばを迎えた夫婦は、相変わらず諍いながらも一緒に夏のヴァカンスを過ごしている。いったいどういうことなのだろう。読み手が当然抱くこの疑問は、待ち受けていた我が家を目撃した夫婦の目と一つになり、それぞれの心境を追体験するかたちで解きほぐされていく。

家具は倒され、仕舞われていたものは散乱し、調度品は破壊され、床に散らばっている。金目のものは残されているのに、夫婦それぞれが護りたいものはない。誰がなんのためにこんなことをしたのか? 届け出た警察で言われたように家を「整理するのによい機会」なのか? 家を整理しながら自分たちの関係も治癒していけたら良さそうなものだが、床に落ちたラテン語の辞書を目にした妻は、夫への不信感を増していく。夫はといえば、割れた家財道具の破片の下にかつて妻から送られた手紙を発見し、過去の自分に思いを馳せる。そしてそこで明かされる当時の心境は、妻と子供にとってあまりに残酷だ。

家族。ほかでは得がたい親密さゆえ、この上ない安らぎの場になることもあれば、いったん負のエネルギーが加わった時の破壊力は計り知れない。それはここに居る一人ひとりが心を持った生身の人間だからだ。そして生身の人間から成るからこそ、家族のかたちは千差万別で、間違ったあり方などないのであろう。

そう、たとえ風変わりな「結び方」だろうと、ここに描かれている絆もまた、紛うことなき家族の一つのあり方なのだ。  登場人物の息づかいまで自分のものと感じられるのは、小説のほか映画、ドラマの脚本を手がける著者ドメニコ・スタルノーネの巧みな人物描写と、ときに強力なリズムで読者を小説世界に引き込んでいく関口英子氏の訳文によるところが大きいだろう。
この記事の中でご紹介した本
靴ひも/新潮社
靴ひも
著 者:ドメニコ・スタルノーネ
翻訳者:関口 英子
出版社:新潮社
「靴ひも」は以下からご購入できます
「靴ひも」出版社のホームページはこちら
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