龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝 書評|礒崎 純一(白水社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月29日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝 書評
澁澤再発見の新たな幕が上がった
澁澤最晩年の編集者による初の評伝、文学の本質に深く分け入る

龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝
著 者:礒崎 純一
出版社:白水社
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 マルキ・ド・サドをはじめとした異端文学の研究者、オカルティスト、北鎌倉の隠者、サブカルの先駆、果てはオタクの元祖と見做されていた澁澤龍彥だが、二〇二〇年の今、そんなレッテルはもはや無用だ。夥しい著作が文庫化され、幅広い読者を獲得した現在、澁澤はポピュラーな作家へと変貌している。私は澁澤没後の読者だが、彼を過去の作家だと感じたことは一度もない。時流に右顧左眄することなく、日本近代文学が重んじた自我や内面といった、黴の生えた問題を一顧だにしなかった澁澤は時代を超越した存在だ。

澁澤に関しては巖谷國士を中心として数多くの評論や研究や回想録が出版されてきたが、詳細な伝記は存在しなかった。『龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝』は澁澤の最晩年の編集者だった礒崎純一による初の評伝だ。礒崎は澁澤の生涯を丹念に辿り、三島由紀夫、出口裕弘、松山俊太郎、種村季弘、金子國義、四谷シモンら多士済々な人物との交友を描いていく。池田満寿夫は澁澤との初対面の感想を「私はいっぺんに彼が好きになってしまったのだった」と書いている。その人柄は同時代の作家や芸術家を惹きつけてやまなかった。澁澤は自らを評論家ではなく、エッセイストと考えていたようだが、コンプレックスによるうらみつらみに凝り固まった現代の評論家たちには澁澤の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

本書が第一級の文学者の評伝たる所以は人間関係の記述に終始するのではなく、澁澤の文学の本質に深く分け入っているからだ。若き澁澤が花田清輝を愛読しており、その軌跡をなぞっていたのではないか、という指摘には驚くと同時に納得した。澁澤と吉田健一を共に愛する読者は多く、何を隠そう私もそのひとりだが、澁澤と吉田に共通する精神が論じられているくだりには思わず膝を打った。

澁澤への数々の批判にも説得力に富む論駁が行われている。浅田彰の批判を「近親憎悪」と喝破し、「剽窃家」という批判には「私の場合、オリジナルなものは、おそらく日本語の文体だけでしょう」という澁澤自身の言葉を引く。今では澁澤が下敷きにした作品はそのほとんどが明らかになった。マイナーな文学の研究に関しても澁澤の著作より詳細な研究書には事欠かない。にもかかわらず、澁澤の作品が古びるどころか、今でも広く読まれているのは文体の力によるものが大きい。

そもそも澁澤のデビューはジャン・コクトーの小説『大胯びらき』の翻訳だった。少年時代から始まったコクトーへの傾倒が、澁澤の美学の中心にあることを本書は明らかにしている。コクトーがそうだったように、正しく澁澤は卓越したスタイリストだった。「全体として明澄で端正な古典主義的な特性」(富士川義之)を持った文体こそが、澁澤の翻訳・エッセイ・『高丘親王航海記』を頂点とする小説の魅力の根源だ。

そして、『龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝』を優れた評伝にしているのも、澁澤の後期を彷彿とさせる開かれた文体だ。本書は明晰な筆で不世出の文学者の生涯と作品を浮き彫りにしている。山尾悠子、東雅夫、澁澤をめぐる高度に批評的な小説「ガール・ミーツ・シブサワ」(『エイリア綺譚集』所収)を近年発表した高原英理、ヤマザキマリ、嶽本野ばらに至るまで、澁澤の影響を公言する書き手は今も後を絶たない。この伝記は澁澤の更なる継承者たらんとする未来の表現者の必携書になるだろう。ここに澁澤龍彥再発見の新たな幕が上がった。
この記事の中でご紹介した本
龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝  /白水社
龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝
著 者:礒崎 純一
出版社:白水社
「龍彥親王航海記 澁澤龍彥伝 」は以下からご購入できます
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