気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀 書評|エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ(藤原書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月29日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀 書評
齢九〇を数える著者のライフワークの結実
気候変動を前にした人間の非力さと儚さを示す重厚な歴史書

気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀
著 者:エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ
翻訳者:稲垣 文雄
出版社:藤原書店
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 アナール学派第三世代を代表する歴史学者のひとりエマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ(一九二九~)の代表作の翻訳刊行が開始された。全三巻からなり、本書はその第 一巻となる。第二巻は 「食糧不足と革命 一七四〇年から一八六〇年まで」、第三巻は「一八六〇年から今日までの最温暖化」と続く。
本書の刊行は二重の意味で意義深く、時宜を得たものである。

まず、本書が齢九〇を数える著者のライフワークの結実である点。評者を含め一般の読書家のあいだでは、ル=ロワ=ラデュリの名は、南仏の農村に関する詳細な歴史研究――『モンタイユー ピレネーの村 1294~1324』(上下、井上光治ほか訳、刀水書房、 一九九〇~一九九一) 『ジャスミンの魔女 南フランスの女性と呪術』(杉山光信訳、 新評論、一九九七 南仏ロマンの謝肉祭 叛乱の想像力』(蔵持不三也訳、新評論、 二〇〇二)など──によって知られているかもしれない。あるいは、アナール学派第三世 代のスポークスマン――『新しい歴史 歴史人類学への道』(樺山紘一訳、藤原書店、二〇〇二)――として。

しかし、訳者も指摘するとおり、気候こそが著者のライフワークである。著者は学位論文出版の翌年一九六七年に『気候の歴史』(稲垣文雄訳、藤原書店、二〇〇〇)を刊行したが、本シリーズの刊行はそれから三七年の年月を経て開始されている。まさに「研究活動のスタートとその締め括りの時期に気候に正面から取り組んだ著書を出版したことは、著者にとって気候は終生の重要テーマであったことをうかがわせる」(六四四頁)のである。

それだけではない。もうひとつ、気候変動と人間のかかわりという問題がこれまでになく大きな注目を浴びている現在、本書の翻訳刊行が開始されたことも意義深い。

実際、気候変動に関するニュースを目にしない日はない。気候変動が地球環境、社会環境、精神環境に及ぼす影響だけでなく、人間の活動が気候変動におよぼす影響についても侃々諤々の議論が戦わされている。気候変動が世間の耳目を集めるきっかけともなった、若き環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏が展開する抗議運動は、世界中で賛否の渦を巻き起こしている。

だが、この議論を詳しく追ってみようとすると 多くの人は、激しい対立と罵詈雑言の渦に呑み込まれて混乱するだろう。現在の気候変動の原因であると広く信じられている人間活動が排出する二酸化炭素による地球温暖化にしても、その効果を過大評価すべきでないという主張は少なからず存在するし、それどころか地球は寒冷化に向かっていると主張する研究者もいる。あるいは、地球が温暖化に向かっていることは事実だが、それが人間社会にもたらす負の影響は限定的であり、むしろ二酸化炭素削減に費やしているコストをほかの用途に使ったほうがよい、という主張(ビヨン・ロンボルグ『地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す』山形浩生訳、SBクリエイティブ、二〇〇八)もある。正直にいって、評者にはなかなか判断がつかない。

ただ、未来予測とは別に、人間社会がこれまで気候変動によってどのような影響を受けてきたかの歴史をデータとファクトにもとづいて示すことはできる。著者が本書で遂行するのは、そうした仕事にほかならない。

本書が対象とするのは、おもにフランスにおける気候変動と、それが社会に与えた影響――食糧不足や疫病の流行など――である。年輪気候学、生物季節学、氷河学、アイスコア分析等々の自然科学によるデータに加え、ブドウの収穫日や収穫量などの農業生産に関わるデータ、さらには文献記録や日記などの古文書データが総動員される。同時に、比較可能なものは比較しようというマルク・ブロックの系譜を受け継ぎ、イングランド、 スコットランド、アイルランド、ベルギー、オランダ、スイス、ドイツなどとの比較対 照も行われる。

そこに示されるのは、 気候変動がもたらす深刻かつ複雑な影響である。まず圧倒されるのは、わずかな気候変動が人間の生活を大きく翻弄するそのコントラストである。「この時期[一四三九年の冬の終わりと春]はルーアンでも値段が高い時期であり、粗末な小麦一スティエが一〇フランするし、食料は皆値段が高い。そして、毎日、路に小さな子供たちが死んでいて、それを犬や豚が食べているのを目にする」(一三九頁)。

また、ひとくちに気候変動といっても、そこにはいくつものタイムスパンをもった変動が同時に働く複雑性がある。本書における変動の概念はそのように理解しなければならない。「変動性という観念は欠くことができない。小氷期の五世紀間あるいは六世紀間は、ただひたすら寒かったわけではない。一三〇〇年から一八六〇年までのあいだには、暖冬(たとえば一五七五年から一五七六年にかけて)や焼けるような夏(一六一六年、 一六三六年、一七一八年等)もあった」(一五頁)。

以上、アナール学派の面目躍如というべき重厚な歴史書が示すのは、気候変動を前にした人間の非力さと儚さである。だが、そうであればこそ、 それに対する人間の処し方について考えずにはいられない。今も昔も、そこに見出されるのは「政治の責任という永遠の問題」(六四一頁)なのである。

最後に、本シリーズは第一巻だけでA5判七三六頁におよぶ大著である。翻訳の労苦は想像を絶する。訳者の稲垣文雄氏に謝意を表し、その労をねぎらいたい。なお、同じ訳者による関連書に、本シリーズについて著者が明快に解説する 『気候と人間の歴史・入門 【中世から現代まで】』(藤原書店、二〇〇九)がある。併読をおすすめしたい。
この記事の中でご紹介した本
気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀/藤原書店
気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀
著 者:エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ
翻訳者:稲垣 文雄
出版社:藤原書店
「気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀」は以下からご購入できます
「気候と人間の歴史 Ⅰ 猛暑と氷河 一三世紀から一八世紀」出版社のホームページはこちら
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