新聞連載小説の 挿絵でみる近代日本の身装文化 書評|大丸 弘(三元社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月29日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

新聞連載小説の 挿絵でみる近代日本の身装文化 書評
新聞連載小説の 挿絵でみる近代日本の身装文化

新聞連載小説の 挿絵でみる近代日本の身装文化
著 者:大丸 弘、高橋 晴子
出版社:三元社
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 じつに途方もない労作である。同じ共著者が二〇一六年に上梓した大著『日本人のすがたと暮らし:明治・大正・昭和前期の身装』(三元社)と同様、膨大な資料の集積とその解析は、読む者をして圧倒させずにはおかない。タイトルにある「身装」とは、共著者がかねてより追究してきた主題であり、着衣技法や所作、生活様式、文化的・社会的・歴史的背景、さらに着衣者とそれと向き合う人々の価値観や審美観、象徴・表象性などの総体を意味する。その限りにおいて、「身装文化」は必然的に文化人類学や民俗学、民衆史、社会学、生活学、図像学、象徴論など、きわめて広範な分野と深くかかわる。

本書はこうした身装文化のありようを、明治初期から一九四五年までの新聞の連載小説に載せられた挿絵から時系列的にみていくものである。では、なぜ挿絵に着目したか。それは新聞小説の挿絵が指示性の高い図像であり、ものがたりの挿絵として描かれる身装は、情景の一部としての、生活のありようを具体的に裏づけるからだという。鏑木清方や伊東深水、竹久夢二などの名も見られる数多くの挿絵画家たちは、たしかに連載小説の内容をつねに忠実に再現したわけではない。だが、彼らが描いた挿絵はたとえ小説となにほどか乖離していても、そこには画家が生きた時代が過不足なく描き出されている。連載小説のテクストを盛り込みながら、挿絵を読み、挿絵から読む。もとよりそれには読み手側の力量が問われるが、共著者の備えに不足はない。

たとえば、「主題別にみる日本人のすがたと暮らし」の部では、〈書生羽織〉などの「必需の数々」や〈束ね髪〉をはじめとする「身繕い」、〈針仕事〉などの「日々の情景」、〈羽織落とし〉などの「情態」にかんする挿絵が、それぞれの新聞名と刊行年、作家・画家名、小説題名とともに取りあげられている。たとえば菊酔山人作「懸賞美人」(『都新聞』、明治二十八年三月)の〈書生羽織〉の挿絵では、ふたりの男を尋問している袴姿に髭面の男が描かれている。警視庁の刑事で、当時、刑事は捜査にあたっては必ず袴をはくことになっていたという。彼がまとっている書生羽織は武骨な薩摩飛白が多く、幅広の兵児帯を締め、まな板のような薩摩下駄を履いている。もう一葉は半井桃水作「蓑虫」(『大阪朝日新聞』、明治三十二年十月)の挿絵で、画家は二代目歌川貞広。描かれているのは、東京銀座に出す支店の責任者となった大阪の西洋小間物商のひとり息子で、そのいで立ちは糸織づくめである。父親の東京滞在中は前垂れをかけて健気に帳場に座っていたが、父親を新橋駅におくったあと、それまでの長羽織を脱ぎ捨てて、これから羽を伸ばしに行こうとしているところらしい。羽織は家紋をつければ男性の礼装となるが、女性にとっての羽織は礼装ではなく、「東京娘子着 書生羽織図」(『国民新聞』、明治二十三年二月)が示しているように、寒ければ場所を選ばず着るものだった。ただ、女性の冬の常着でもあったため、この羽織は次第に贅沢なものとなり、明治三〇年代初頭にはその生地が木綿ばかりでなく、銘仙や京糸織、縞市楽、結城紬といった絹素材も使われるようになったという。

こうしてさりげない日常の情景を切り取った挿絵のうちに、身装の習俗や変容を読み解いていく。その眼差しはさらに第三部ともいうべき「年代順にみる日本人のすがたと暮らし」で存分に発揮される。四四〇葉あまりの挿絵からなるそこでもまた、それぞれに解釈を施して時代性を垣間見せてくれる。たとえば「心細い夜」と題された富岡永洗による伊原青々園作「近世実話まよい子」の挿絵(『都新聞』、明治三十五年十二月、遡及資料)では、幼い妹が夜遅くなっても帰らない兄を案じて、袂で涙を拭いている。袂は顔を覆って隠した(袖屏風)や、にわか雨のときに髪を覆ったり(袖笠)、ものを受ける際の盆代わりにもなった。袂の縫い目に溜まった塵(袂糞)は血止めに効くともいわれたという――。

挿絵に盛り込まれた身装情報とはかくまでも愉しく、時代を語るその知の行方は読んでいて飽きさせることがない。巻末の詳細な新聞小説挿絵画家一覧や挿絵つき主要新聞小説年表もまた、きわめて重要な研究資料となりうる。その限りにおいて、まことに本書は韋編三絶に値する身装文化百科全書といえるだろう。
この記事の中でご紹介した本
新聞連載小説の 挿絵でみる近代日本の身装文化/三元社
新聞連載小説の 挿絵でみる近代日本の身装文化
著 者:大丸 弘、高橋 晴子
出版社:三元社
「新聞連載小説の 挿絵でみる近代日本の身装文化」は以下からご購入できます
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蔵持 不三也
蔵持 不三也(くらもちふみや)早稲田大学名誉教授
1946年栃木県今市市(現日光市)生。早稲田大学第1文学部仏文専攻卒業。パリ第4大学(ソルボンヌ大学)修士課程修了(比較文化専攻)。社会科学高等研究院博士課程修了(民族学専攻)。モンペリエ大学客員教授。早稲田大学人間科学学術院教授を経て現在、早稲田大学名誉教授。 著書:『ワインの民族誌』(筑摩書房)、『シャリヴァリ―民衆文化の修辞学』(同文館)、『ペストの文化誌―ヨーロッパの民衆文化と疫病』(朝日新聞社)、『シャルラタン―歴史と諧謔の仕掛人たち』、『英雄の表徴』(以上、新評論)ほか多数。 共・編著・監修:『ヨーロッパの祝祭』(河出書房新社)、『神話・象徴・イメージ』(原書房)、『エコ・イマジネール―文化の生態系と人類学的眺望』、『医食の文化学』、『ヨーロッパ民衆文化の想像力』、『文化の遠近法』(以上言叢社)ほか多数 翻訳・共訳:エミール・バンヴェニスト『インド=ヨーロッパ諸制度語彙集』(全2巻、言叢社)、A・ルロワーグーラン『世界の根源』(言叢社、文庫版・ちくま学芸文庫)、ベルナール・ステファヌ『図説パリの街路歴史物語』(2巻)、同『パリ地名大事典』、ニコル・ルメートルほか『図説キリスト教文化事典』、アンリ・タンクほか『ラルース版世界宗教大図鑑』、ミシェル・パストゥルー『赤の歴史文化図鑑』(以上、原書房)、マーティン・ライアンズ『本の歴史文化図鑑』、ダイアナ・ニューオールほか『世界の文様歴史文化図鑑』、フィリップ・パーカー『世界の交易ルート大図鑑』(以上柊風舎)ほか多数。
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