柳広司インタビュー 国家に葬られたやさしき英雄 『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月28日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

柳広司インタビュー
国家に葬られたやさしき英雄
『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に

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太平洋食堂(柳 広司)小学館 
太平洋食堂
柳 広司
小学館 
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柳広司氏が二年半ぶりの長編小説『太平洋食堂』(小学館)を上梓した。物語は一九〇四(明治三十七)年、日露戦争さなかの紀州・新宮から始まる。「太平洋食堂」の主人は「ドクトル(毒取る)さん」と地元の人から慕われる医師の大石誠之助。「貧しい人からお金は取らない。そのぶん、金持ちから多めに取る」という診療方針を掲げ、「国家や資本家(金持ち)のために、日露両国の労働者(貧乏人)が殺しあう必要はない」と戦争に反対する。弱い立場の人の言葉を掬いとる手段として、社会主義の言葉に興味を持ち、幸徳秋水、堺利彦、森近運平らとの交流を結び、やがて〝主義者〟として国家に監視されることになるのだが――。緻密に織りなされた小説に蘇る、歴史と一人の男。本書刊行を機に柳氏にお話を伺った。     (編集部)
第1回
小説の懐の広さ

柳 広司氏
――面白い小説でした。大石誠之助はいわゆる「大逆事件」で処刑されたというぐらいしか知らず、こんなに魅力ある人物だったのかと驚きました。何をきっかけに大石誠之助をテーマに書こうと思われたのでしょうか。
柳 
 直接のきっかけは、二〇一八年一月に、新宮市議会が大石誠之助を名誉市民とする決議をした、という新聞記事です。この時代のことを小説として書きたくてデビュー以来調べていたのですが、どうも決め手に欠けていました。でもその小さな記事を見たときに、そうか大石誠之助で書けばいいのかと、最後のピースがパチンと嵌るような感じがありました。

――大石を、というよりは時代を書きたいと思っておられたのですね。
柳 
 大石誠之助は、大政奉還のすぐ後に生まれ、明治四十四年に死んでいますので、ほぼ明治時代を生きたといえます。明治時代でも日露戦争までは、司馬遼太郎氏が『坂の上の雲』で書き終えているので、自由に書けるのはその後の近現代史だろうと。

しかも、司馬氏は所謂日の当たる場所にいる人たちを描いたといわれていて、それとは違う視点で書きたいと、長年そう思い続けていました。

――明治時代の翳りを描こうとされたわけですか。
柳 
 日露戦争以降の明治の後半とは、『坂の上の雲』で坂を登り切ったその先の、権力が硬直化して内側への締め付けが始まった時期です。この時代を書くのであれば、体制側でなく、権力や社会構造に差向う視点だろうと。

そしてそれはいま現在の、私たちの視点ともリンクしてくるものではないかと思います。格差社会の広がりや閉塞感、共謀罪、防衛費の拡大など、現代日本の不安な状況と二重写しに、いまこのタイミングで、あの時代のことを書くべきだという思いもありました。

――いまおっしゃった現代とのリンクに繫がるのかもしれませんが、この小説は多元視点で書かれていますね。誠之助たちの時代に立脚する視点だけでなく、例えば日露戦争や社会主義について知識や情報を語る際には、現代に片足を置き、それ以降の歴史を眺める「筆者」の視点がありました。今作でこうした文体を選んだ理由を教えてください。
柳 
 私が小説家としてデビューしたのがいまから二〇年前になりますが、そのころから視点の統一については、書き手の側からすればうるさいと思えるぐらいに(笑)、この業界の中でいわれていました。確かに視点が動くとストーリーが分かりにくくなる面はあるのですが、それにとらわれすぎると小説を画一に追い込んでしまう。小説の懐はもっと広く、もっと自由に書ける可能性を秘めているのに、作り手側がその世界を狭めてしまっているのではないか。視点や文体を自由にすることで、小説がもっと面白くなるのではないかと思います。

二年前に刊行した『風神雷神』という俵屋宗達を描いた小説でも、やはりそうした手法を試みていて、それを読んだ『週刊ポスト』の編集者から、この延長上で書きませんかというお話をいただき、今回の作品になりました。

――二章では、誠之助が読んで聞かせる『吾輩は猫である』に、近所の子どもたちがゲラゲラ笑う、なんとも幸福なシーンが出てきます。いわずと知れた猫視点の名作ですが、ここには「小説の可能性」についてのメッセージが込められているのでしょうか。
柳 
 そうですね、そういう読み方もできるかもしれません(笑)。漱石は大石誠之助と同じ一八六七年生まれなので、漱石の作品執筆過程を同時代的に重ねることで、時代の空気を感じてもらえるのではないかと。

――同年生まれの正岡子規についても触れられていましたね。マルクスの『資本論』も一八六七年の刊行だとか。
柳 
 もう一つ余計なことですが、実は私は彼らのちょうど百年後の一九六七年生まれなんです。この本でいえば、誠之助が新美卯一郎や松尾卯一太と「卯年」繫がりで親近感を覚えるシーンがあります。百年後に生まれた自分がいま、彼らのことを書いている不思議というか偶然を面白く思いました。

――視点についてもう一つ伺いたいのは、菅野すがと与謝野鉄幹、誠之助の甥の西村伊作と、誠之助を慕う子供の一人だった好文が一時的に視点人物になっています。この四人が視点を任されたのに、理由はありますか。
柳 
 初めから計算していたというよりは、作品を作り上げていく過程で、このシーンはこの人物に視点を与えればより面白く伝えられるだろう、という具合に決めていった感じですね。

十二章の「謀反人の血」は、一章まるまる伊作の一人称で書きましたが、あのタイミングで別の視点から語らせることで、誠之助という人物を多層的に読者に伝えることができるのではないかと。

好文については、冒頭の「太平洋食堂」開店のシーンに子供たちを登場させた時から、彼らの未来の姿を描いて終わりたいと思っていました。子供たちの関係性をシミュレーションしていったときに、好文に語ってもらうのが、ある意味最も美しい。この辺り、感覚の問題ですが。

すがについては、一つ女性の視点が欲しいと思いました。そのように違う視点をいくつか入れ込むことで、物語が立体的に浮かび上がるのではないか、と思っています。
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この記事の中でご紹介した本
太平洋食堂/小学館 
太平洋食堂
著 者:柳 広司
出版社:小学館 
「太平洋食堂」は以下からご購入できます
「太平洋食堂」出版社のホームページはこちら
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