柳広司インタビュー 国家に葬られたやさしき英雄 『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月28日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

柳広司インタビュー
国家に葬られたやさしき英雄
『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に

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第3回
紀州新宮、独特な土地柄

柳 広司氏
――二章の中だけでも、『吾輩は猫である』に始まり、熊野方言に敬語がないことや、誠之助の「貧困論」(利益とは、資本家が労働者からかすめとったものにすぎない)、すがとの間で交わされる男女の権利の話(熊野三山には女人禁制などのタブーがない)、補陀落渡海、烏天狗など、話題が満載です。

その先々も、日露戦争は「戦争は儲かる商売」だと勘違いした国民が、望んで始まったものだったこと、新宮の遊郭誘致問題(新宮警察署長が楼主、巡査部長が遊郭の御用掛に任命された)など、驚く話が惜しみなく詰まっていました。『週刊ポスト』の連載だったことが影響しているのでしょうか、書く上で意識されたことがありますか。
柳 
 週一回の掲載分だけを読んでも、新しく知ることや、ヘェと驚くようなことは、必ず入れたいと考えていました。せっかく読んでもらうのならば、楽しんで同時に得した気持ちになるようなものを書きたいですから。

――面白かったといえば、幸徳秋水と誠之助の初対面での問答。あれは何かの資料を元に、肉付けしたものなのでしょうか。
柳 
 いえ、あのタイミングで、二人が顔を合わせたという歴史的事実はありますが、どういう会話を交わしたのかは、資料としては残っていないですね。

――柳さんの創作だったのですね。幸徳の取り巻きたちにはただの世間話にしか聞こえない言葉の裏で、相手の核心を突きあっている。ほとんど知らない者どうしが存在を確かに認めあう、そういう問答。外国の童話の話から「誰かがもっと早く王様は裸だと言ってやるべきだった」と思わないかと尋ねる幸徳に、誠之助は「中心が東京ひとついうのがそもそもの間違い」と返事をする。誠之助は「(東京は閉じた土地だ)」と息苦しさを覚えていますが、この言葉は柳さんの実感でもあるのでしょうか。
柳 
 現代の東京の状況と、重ね合わせて考えられるところですよね。人口も経済も政治も、日本の全てが東京に集中してしまっている。

――中央集権の下、忙しなさと息苦しさを増していく東京。一方、誠之助の型どおりでない魅力は、血筋や海外経験の影響以外に、故郷・新宮の独特な土地柄も、切り離せないものとして描かれていました。
柳 
 紀州新宮といえば、熊野を舞台に小説を書いた、中上健次ですよね。ただ、中上が書く新宮をそのままもってきても、私が書きたい作品になるわけではない。

何度か現地を訪れて、後ろは千穂が峰、熊野川が流れ、目の前には太平洋が広がる、あぁこの開けた感じか、と。土地の人と会話を交わす中で、敬語のない土地だということを実感して、これなら書けると。土地を知って、書き始められたところは確かにありました。

――新宮については、それ以前の歴史も繙かれていて興味深かったです。紀伊半島の先端の、ろくに道も通じていないような辺鄙な場所のようで、平安時代には天皇上皇女官たちが競うように訪れる場所だったと。また「明治になって東京が遠くなった」。汽車が走るまで、東京へ出る交通手段は船しかなかったけれど、新宮の人たちはむしろ、「江戸は近い」といっていたと。
柳 
 室町末から江戸初期には、庶民の間でも熊野詣が流行していたようです。小説にも書きましたが、その様子が「アリノクマノマイリ(蟻の熊野参り)」という言葉で日葡辞書に載っています。

しかし明治になって東京を中心とした鉄道網が張り巡らされたことで、その導線から外れたところは「僻地」と再定義されました。それ以前は、それぞれの地方ごとに独立した文化圏をもっていたものを、明治国家の中央集権政策によって、「中央」と「僻地」という分断が生み出され、それがいまの時代まで続いている。そのことは現在の新宮だけ見てもなかなか分からないかもしれません。

歴史を遡ってみると、明治以前の新宮は、もっと開放感にあふれた土地だったと想像されます。目の前は太平洋で、ハワイにもアメリカにも東南アジアにも直接渡っていける「お隣の国」の感覚。うっかり黒潮に乗ってしまうとどこまでいくか分からないようなところで、漁をしてきた人々。だからカナダやアメリカ、インドやシンガポールで医療を学んだドクトル大石も、それほど特別視されなかった。

川原町の人々は、熊野川が満ちると、釘を一切使っていない建物を解体し、建築資材と財産一式抱えて高いところへ避難する。犇めき合っていた建物が畳まれて、何もない土地がサーッと広がる自由と解放感は、稀なる見世物だったと思います。
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この記事の中でご紹介した本
太平洋食堂/小学館 
太平洋食堂
著 者:柳 広司
出版社:小学館 
「太平洋食堂」は以下からご購入できます
「太平洋食堂」出版社のホームページはこちら
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