柳広司インタビュー 国家に葬られたやさしき英雄 『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2020年2月28日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

柳広司インタビュー
国家に葬られたやさしき英雄
『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に

このエントリーをはてなブックマークに追加
第5回
言葉で国家に対峙した人々

柳 広司氏
――本書では「言葉」に拘り、「言葉」の真価が常に問われていたように思います。登場人物たちが発した言葉、書いた文章、事件や出来事について残された文書を、一つ一つ丹念にとらえようとする、その姿勢が常に用意されていました。
柳 
 そうですね、彼らは、苦界の人々に、言葉という力を与えようとし、言葉で国家に対峙しようとした。また誠之助たちが裁かれることになった刑法第七十三条が、まさに言葉の解釈を巡る問題ですから。そのクライマックスに向って、言葉の一つ一つをないがしろにせずに、考えていく姿勢は、作品の基層に流れ続けていたと思います。

――幸徳秋水の文章に熱狂して故郷を飛び出す若者や、与謝野晶子の言葉に、「これこそが自分たちの言葉だ」と直感した若者がたくさんいたとありました。しかし一方で、言葉を誤解なく、隅々まで理解しあうということは、やはり難しいことなのかもしれないと思いました。成石平四郎を諭すことができずにいた誠之助、幸徳の酒の席での戯れ歌が「熊野革命歌」と有名になること。

それでも、警察に差し押さえられては、新雑誌を刊行し、言葉を駆使して闘い続けた人がいたことには、感動がありました。
柳 
 翻っていまも、フェイクニュースと闘っている人たちがいるわけですよね。もっと言葉一つ一つを丁寧に見ていくことが、SNS全盛のいまだからこそ、必要なのかもしれませんね。

――この小説も、一つずつの言葉をじっくり追っていかないと、ちゃんと理解できていないところもあるのではないかと思いますが。
柳 
 いや、サッと面白く読んでもらえれば、それでいいんです(笑)。そしてしばらくして、もう一度読み返してみようと思ってもらえたら、なおうれしいです。面白い小説というのは読み返したくなり、読み返したときに新たな発見があるようなものではないかと思っているので。

――そうした大人たちの言葉とは対照的に、誠之助の娘のフカちゃんの言葉が、不思議に心に残っているんですよね。

「ドウナッテモ知ランヨ」

「ヘーシロー、あたん(やつあたり)すな!」

理屈ではないフカちゃんの言葉が、小説の行く末を示しているような気がしました。方言の響きも魅力的ですね。
柳 
 子どもの言葉はある種、神の言葉ですから(笑)。

――赤旗事件も、刑法七十三条事件による死刑も、事実としてあったわけですが、まるで下手なフィクションみたいにむちゃくちゃな話ですよね。

でも事実だけ知ったとき、人は何かがあったからそうなったんだろうと、何かしら納得できる理屈を拵えるものだと思うんです。そういう理屈を紡ぎ出せないような、一連なりの小説として読ませていただいたときに、嘘みたいな現実もあるのだと、事実そのものを受け取れました。これは極端にいうと、小説を通してしかできないことかもしれませんね。
柳 
 そうですね。小説にできること、逆にいうと、小説が一番得意とするところなのだと思います。物語のかたちでしか、人は記憶したり、把握したりすることができないと思うんです。

いまウェブで調べれば、どんな情報でも手に入るといわれますが、バラバラの情報がいくらあっても、それは混沌であり、無に等しい。たくさんの情報の中から取捨選択して、物語のかたちで、考えるための足場を提示することは、小説のもつ可能性であると思っています。

――赤旗事件の裁判での「被告席の十四人は、幸徳秋水の思いもかけぬ元気そうな姿に満面の笑みを浮かべて、かれを迎えた」という一文が、この事件をリアルに示していると思いました。仲間を思いやるほのぼのした空気と、それが裁判の場面だという狂った感じと。
柳 
 いろいろな角度でその場面を書き残す文章があるのですが、その中でどの情報を作品に掬いあげると、読者にとって面白い物語として提示できるのか、書く時には常に考えているんですね。全く違う事件の書き方をした検察側の文章も残っているのですが、この物語の主人公たちの目から見たらこうでしかありえない。

この事件も酷いのですが、刑法第七十三条違反の裁判は、「傍聴禁止」、証人なしの非公開公判。何をかいわんやです。
1 2 3 4 6
この記事の中でご紹介した本
太平洋食堂/小学館 
太平洋食堂
著 者:柳 広司
出版社:小学館 
「太平洋食堂」は以下からご購入できます
「太平洋食堂」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 歴史・時代関連記事
歴史・時代の関連記事をもっと見る >