柳広司インタビュー 国家に葬られたやさしき英雄 『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月28日 / 新聞掲載日:2020年2月28日(第3329号)

柳広司インタビュー
国家に葬られたやさしき英雄
『太平洋食堂』(小学館)刊行を機に

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第6回
真実を追求した英雄たち

太平洋食堂(柳 広司)小学館 
太平洋食堂
柳 広司
小学館 
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――一章と最終章は、冒頭が同じセリフで始まっています。時を経て同じセリフが重ねられることで、その差異が浮き彫りになります。幸せな冒頭のシーンに比べ、最終章は第二次世界大戦の敗戦後、かつてドクトルにまとわりついていた子供たちは中年となり、大事なものをむしり取られながらも生きている。

ただ、最終章の「夜明け」というタイトルの通り、誠之助が残したものが、希望として確かにそこにあったのではないかと感じられました。
柳 
 ありがとうございます。編集者から、暗く終わらせないでくれ、といわれていて(笑)。

――御船祭の早船競争を見る川原で、戦争で瀕死の重傷を負い障害が残る〝かずやん〟が、久し振りに声を出す。周囲の者たちが、「頑張れ、かずやん!」と、早船ではなく和彦に声をかけるシーンは、何度読んでも胸が詰まります。もう一つ好文が「どうかフカちゃんが幸せでありますように」と願うところ。こんなふうに人を大事に思う気持ちは、かつて誠之助から与えられ、彼らが引き継いだものの一つなのではないかと。
柳 
 小説に描くことで、誠之助が残したものを伝えられたのだとしたらうれしいですね。大石誠之助という人物は、名前ぐらいをなんとか聞いたことがある程度で、ほとんど知られていない。でも知られていないからこそ、この本を通して、英雄として提示できるのではないか。いまだからこそ、表れてくるヒーロー像があるのではないか。司馬遼太郎が『竜馬がゆく』を書いたことで、坂本竜馬がヒーローになり、吉川英治が『宮本武蔵』を書いたことで、宮本武蔵が歴史の上に立ち上がった。それと同じことが、『太平洋食堂』でできればと。

――この物語は、「川が流れ、海へと流れ込む」と、太平洋へ開かれていくところで終っています。「太平洋食堂」というタイトルへ込めた思いを、教えていただけますか。
柳 
 大石誠之助を一言で表すとしたら、「太平洋食堂」というのが、彼自身の看板として最もふさわしいのではないかと思いました。日露戦争のさなか〝太平洋=パシフィック・オーシャン〟とは「平和の海」だと、それをあえて掲げるユーモアと反骨が、大石誠之助の行動を貫いており、また言葉のセンスとしてもぴったりしている。自分で図面を引いて、甥の伊作に内装を任せた食堂で、自らコックとして腕を振るい、世界で暮らした経験から、珍しい洋風料理を紹介する。同時にテーブルマナーも教えようとして、大人たちに敬遠されたりするけれど(笑)、貧しい子供たちのための、いまでいう「こども食堂」の先駆けのようなことを、この時代にしていた。日を決めて、貧しい人たちに炊き出しも行っていた。

誠之助には医者という肩書があって、「ドクトル大石」の看板がある。その診療方針も人となりを伝えるのだけれど。「太平洋食堂」というある種のアジールが、まさに大石誠之助の代名詞にふさわしいのではないかと、そういう思いがありました。

――主に近所の子供たち対象の「うまいもの食いの会」や、貧しい人に食事をふるまうのも、ベースボールで『平民新聞』の浪人たちの気持ちを解放するのも、被差別部落の差別に根拠がないことを教える「虚心会」や、その他の演説会・講演会も、人力車夫の労働改善をするのも、幸徳秋水を養生させるのも、誠之助にとってはきっとどれも同じことだったのでしょうね。
柳 
 そうですね。目の前で起きているおかしなことを、一つ一つ変えていこうとする。同時に「楽しくなくては人はついてこない」と。

――それが、何一つ咎められるべきことはないのに、殺されてしまった。
柳 
 事件が終った後、権力側は「大逆事件」というラベルを貼った。「大逆事件」という言葉でいわれるぐらいだから、何かしたのだろうと、逆からの理屈づけが働くんですよね。その誤ったラベルを受け入れてしまったら、彼らを「大逆事件で処刑された人たち」というところから見ることになってしまう。だから、この小説の中では、この言葉を一度も使いませんでした。

――誠之助が処罰されることになった「刑法第七十三条」とは「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子、又は皇太孫に対し危害を加え又は加えんとしたる者は死刑に処す」というもので、この「危害を加えんとしたる者は死刑」という未来形の文言が、不完全で曖昧で奇妙だと書かれていました。現在の共謀罪も、これと同じ恐ろしさを持っていることが示されていると感じました。
柳 
 例えば「アベノミクス」という言葉も変ですよね。本来であれば、内閣が財政問題に対し手を打つのは国家として当然の義務なのに、どこかの広告代理店でしょうが、こうした耳馴染みのよい言葉にすることで、一首相の任期における景気の良し悪しに置き換えられてしまう。言葉は本当に軽々には使えませんね。もっと大事に、言葉に立ち止まって考えないと、気づいたときには日本はとんでもないところへ辿り着いてしまうことになるのではないか、という思いは常々抱いています。

――この本はとても面白かったのですが、それとは別に、読後にもやもやしたものが残ります。どうして彼らが殺されなければいけなかったのか、どうしても釈然としない。柳さんが著された『二度読んだ本を三度読む』(岩波新書)の中に、歴史の捉え方として「許す。だが、忘れない」という姿勢が必要だと考えられていると書かれていましたが……。この事件について、誠之助がもし語ったならば、何をいったのだろうと。
柳 
 その本には、例えばヒロシマ・ナガサキ、あるいはフクシマで起きていることに対し、「知れば知るほど、許すことなど本当にできるのか」とも書いています。その流れでいうと誠之助は、おかしいと思うことはおかしい、悪いところは悪いと、自身も直截にいい続けていたし、それを皆がいえる社会にしようと書いてもいます。それが彼自身の火の元にもなったわけですが。

誠之助のことをずっと考えている中で重なって見えてきたのが、時代も文化も飛びますが、ソクラテスのことでした。ソクラテスという人も、革命を成し遂げようとしたとか、政権を倒そうとしたのではなく、世界の真実を追求し、現実に起こっている不正や倫理的誤謬について考えるために、ただアゴラで若者たちを集めて議論していたところ、当時の権力者の逆鱗に触れ、民衆裁判にかけられて死刑となる。それは一連の裁判を傍聴した、自称ソクラテスの弟子のプラトン青年にとっても、それこそ釈然としない出来事だったでしょう。なぜソクラテスは死ななければならなかったのか、わが師の人生に何の意味があったのか。だからこそ『ソクラテスの弁明』が書かれます。

それが書き残されたことで、その後の歴史の中でソクラテスは「哲学の祖」と呼ばれ、英雄として語り継がれていくことになりました。財産や名誉のために齷齪するのではなく、権力に阿らず、人間を探究することに生を賭した。言葉で国家の在り方に異議を申し立てた、人間のある種の究極の在り方として、ソクラテスはヒーローになった。

同じように大石誠之助も、国家によって釈然としない殺され方をしたけれど、この作品をできれば多くの人に読んでいただいて、日本のソクラテスのように、一つのヒーロー像として提示できればと願っています。何年かしたら「あぁ大石誠之助って、太平洋食堂でしょう」といってもらえるとうれしいですね(笑)。(おわり)
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この記事の中でご紹介した本
太平洋食堂/小学館 
太平洋食堂
著 者:柳 広司
出版社:小学館 
「太平洋食堂」は以下からご購入できます
「太平洋食堂」出版社のホームページはこちら
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