合理的なものの詩学 近現代日本文学と理論物理学の邂逅 書評|加藤 夢三(ひつじ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月7日 / 新聞掲載日:2020年3月6日(第3330号)

合理的なものの詩学 近現代日本文学と理論物理学の邂逅 書評
文人たちと 理論物理学との邂逅
新たな物理学の思想が世界認識と文芸表現に変革を迫る過程を検証

合理的なものの詩学 近現代日本文学と理論物理学の邂逅
著 者:加藤 夢三
出版社:ひつじ書房
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 本書は相対性理論と量子力学を中心とする二〇世紀の物理学理論と、一九二〇~三〇年代のモダニズム系統の作家・作品との関係を集中的に論じ、併せて現代作家にも触れたものである。近代文学と科学との関わりについてはこれまでも論じられてきたが、本書はかつてないほど徹底的に関係文献を博捜し、執拗にかつ精緻に論じたところに特長がある。最大のポイントは、「序章 思考の光源としての理論物理学」の言葉を引けば、「二〇世紀物理学において何よりも重要なのは、それが一七世紀以降の理論物理学史上においてきわめて希なことに、理論知が実践知を超脱するかたちで発展を遂げてきた特異な分野であったということである」(傍点原文)。この見方に対応して、論述は知識や題材としての物理学よりも、むしろ作品を形成する文芸理論へと向けられている。本書は、まさしく理論の書である。

構成は序章・終章・本論三部に加えて、二編の補論から成っている。「Ⅰ 文芸思潮と理論物理学の交通と接点」では、最先端の理論物理学者であるとともに『アララギ』派の歌人でもあった石原純の活動を中心として、新たな物理学の思想が、単に科学の分野だけでなく世界認識と文芸表現に根底からの変革を迫るものとなった過程を逐一検証する。その過程において、いかにして科学が文化的なヘゲモニーを獲得し、また偶然文学論争・探偵小説・科学小説などの思潮やジャンルの形成に寄与したかが、ダイナミックに探られる。

続く「Ⅱ 横光利一の文学活動における理論物理学の受容と展開」では、横光の評論や長編『雅歌』『上海』を追跡し、稲垣足穂の作品をも取り上げつつ、新感覚派とそれ以後の時期における横光の活動について再検討を企てる。新カント派的な「力学主義」に依拠する横光の発想に対して、足穂はむしろその認識論的な袋小路を問い直し、〈いま・ここ〉を逸脱する宇宙的な可能性の世界へと拡張を志向していた。前衛的様式において併称されるものの、意外に交錯することの少ないこの二人の作家について、多々啓発されるところがある。

さらに「Ⅲ モダニズム文学者と数理諸科学の邂逅と帰趨」では、改めて中河與一の「偶然文学論」、稲垣足穂の宇宙観を論じ、夢野久作の『木魂』の数学的理性の問題にも着目し、先の二部を補強・完成する。従前の合理と非合理、唯物論と観念論の対立を、量子力学の示唆によって見つめ直し、近代科学における因果律の破綻の必然性を導くとする中河「偶然文学論」の解明は、本書全体の基本構想をなぞるようである。以上の昭和モダニズム期の追究に加えて、現代の東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』と円城塔『Self-Reference ENGINE』を、それぞれ量子論と複雑系との関わりにおいて検証する補論が付されている。

本書は大きな成果であり、石原・横光・中河・足穂はもとより、現代文学開幕の時期における多くの文人たちと理論物理学との邂逅については、今後、これに触れずしては語れない。特に中核をなす横光論では、たとえば『雅歌』の羽根田に量子論の観測者問題や不確定性原理の投影を看取し、確実さに対する問い直しの物語と読むなど、これまで見えていなかった新たな面を切り出し、横光「純粋小説」の間口を広げたことも特筆すべきである。

他方、「終章 パラドックスを記述するための文学的想像力」では、形式化のメタ論理への誘惑がメタ審級としての国体(天皇制)へと繋がったところに、昭和ナショナリズムへの傾斜を探ろうとしているが、十分に明確とは言えず、いま一段の展開が必要だろう。また、「合理的なもの」の介在はこの上なく解明されたが、それがどの程度に具体的な「詩学」つまり文芸技術論として定着したのか、さらに、戦前期と現代との間はどのように埋められるのか、安部公房や筒井康隆の名を落とすことはできまい、などと、今後の発展にもあれこれと夢想を誘われずにはいられない。
この記事の中でご紹介した本
合理的なものの詩学 近現代日本文学と理論物理学の邂逅/ひつじ書房
合理的なものの詩学 近現代日本文学と理論物理学の邂逅
著 者:加藤 夢三
出版社:ひつじ書房
「合理的なものの詩学 近現代日本文学と理論物理学の邂逅」は以下からご購入できます
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