二〇二〇年二月二二日(土)〜四月五日(日)(原爆の図 丸木美術館) 「砂守勝巳黙示する風景」 主催:原爆の図 丸木美術館、企画協力:椹木野衣、砂守勝巳写真事務所|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月6日 / 新聞掲載日:2020年3月6日(第3330号)

二〇二〇年二月二二日(土)〜四月五日(日)(原爆の図 丸木美術館)
「砂守勝巳黙示する風景」
主催:原爆の図 丸木美術館、企画協力:椹木野衣、砂守勝巳写真事務所

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第3回
『カマ・ティダ』  『オキナワン・シャウト』

椹木 野衣氏㊧、砂守 かずら氏


勝巳はボクシングを断念した後、本格的に写真を勉強するようになる。写真学校卒業後は広告代理店に短い期間勤めた後、カメラマンとして活動を開始。釜ヶ崎の連作《大阪流転》で『月刊プレイボーイ』のドキュメント・ファイル大賞奨励賞を受賞。八〇年代に創刊ラッシュだった写真週刊誌に寄稿するスキャンダルカメラマンの世界に入っていく。当時の釜ヶ崎は暴動も頻繁に起きていたような時代。勝巳は一年八ケ月くらいそこに住み込んで撮影したという。かずらさんは父から直接聞いた話として次のように話した。

「何かを撮ろうとしたときに通りすがりみたいな感じで撮るのでは、その場所のことをちゃんと伝えられない。やはりそこに入り込んでその一部にならないと上っ面な写真しか撮れないと父は話していた」

この釜ヶ崎での撮影は、代表作となる『カマ・ティダ 大阪西成』(IPC、一九八九年)という写文集に結実する。

八〇年代後半頃から、一人のカメラマンとしてテーマを考え、そのテーマに沿った写真が撮れるような仕事を模索していたという勝巳は、自分が生まれた場所である沖縄に出会う。その沖縄を主題にしたエッセイ集が『オキナワン・シャウト』(筑摩書房、一九九二年)だ。今回の展示ではその沖縄のシリーズからも、人が去った後のような、風景が何かを語りかけるような場面を展示している。椹木氏は、「そういった風景の延長線上に「雲仙」のシリーズがある。今回の「黙示する風景」というタイトルは、作品全体に通じるもので、風景をして何かを語らしめようとしている」と述べる。
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