『ららほら』刊行記念3ヶ月連続トークイベント(赤坂・双子のライオン堂) 第五回 『ららほら』と『美しい顔』 (長瀬海×藤田直哉)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月6日 / 新聞掲載日:2020年3月6日(第3330号)

『ららほら』刊行記念3ヶ月連続トークイベント(赤坂・双子のライオン堂)
第五回 『ららほら』と『美しい顔』 (長瀬海×藤田直哉)

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藤田 直哉氏㊧、長瀬 海氏
 二〇一九年十二月二一日、書評家・ライターの長瀬海氏をゲストに迎え、第五回『ららほら』トークが赤坂・双子のライオン堂で開催された。このイベントは、震災文芸誌『ららほら』の刊行を機にスタートし、これまで、第一回:仲俣暁生氏、第二回:矢野利裕氏、第三回:荒木優太氏、第四回:円堂都司昭氏をゲストに行なわれてきた。第五回となる今回取り上げられた作品は、北条裕子著『美しい顔』(講談社、二〇一九年四月刊)。二〇一八年、第六一回群像新人文学賞を受賞し、二〇一八年下半期の芥川賞候補に挙げられながら、参考文献を明示していなかったことから盗用、剽窃ではないかと指摘され、文壇を揺るがす大騒動となった作品である。

ゲストの長瀬氏は小紙で二〇一九年の文芸時評を担当し、『世界のなかの〈ポスト3. 11〉 ヨーロッパと日本の対話』(新曜社)という本に、「失墜する物語の力 震災後の高橋源一郎論」を寄稿するなど批評家としても活躍している。当日は、長瀬氏が作成した四〇枚にも及ぶ資料「徹底議論! 北条裕子『美しい顔』とは何だったのか。」をもとに議論が交わされた。  (編集部)
第1回
文学と震災/文芸の役割

ららほら(藤田 直哉)響文社
ららほら
藤田 直哉
響文社
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藤田氏はこの連続トークの経緯を次のように説明した。

「被災地に行くと、震災を経験した人たちが集まって、それぞれ自由に語るイベントや哲学カフェを開催して、語ることを取り戻したり、公共性を回復しようとしたりする動きを目にした。震災を扱った雑誌である『ららほら』を刊行して、われわれも東京でもそういうことをやってみようじゃないかと思ったのがこのイベントを始めるきっかけだった。いま自由に語りにくくなっている震災後、もしくは震災後文学について、比較的閉じた場所で自由に語るようにしたら、この状況は変わるのではないか。少なくとも蓄積していけば何かに繋がるかもしれない。そう期待して、企画を始めて、続けている」。

長瀬氏は『ららほら』について、「藤田さんが活動を開始したと知ったときは、率直に悔しかった。自分も書評家あるいは批評家として震災と関わらなければいけないんじゃないかとくすぶっているなかで、藤田さんが震災文芸誌を作ると知って、やられたと思った」として、藤田氏に「文芸が震災と関わる役割」について問いかけた。

藤田氏は、「やはり文学は人間の内面が表出できるもので、他者がそれに触れるための手段としては今でも文章もしくは文芸が他のメディアよりも強いのではないか。複雑性や多様性、あるいは簡単にはわからないことが出せる場は、社会の中では文学くらいしかないのではないか。あるいはそれが可能なフィールドとして文学の存在意義を再定義できるかもしれないと思った」と語った。

また、非当事者による取材という行為の暴力性について、長瀬氏が「僕はすごく暴力的なことをしているんじゃないかと思ってしまう」と打ち明けると、藤田氏も「(『ららほら』でも)無理やりお願いしますと何度も頼んで書いてもらった。それは暴力的であって辛いし、彼らも苦しみながら書いているのが文体と構成からわかるので僕も辛かった。それは暴力といえば暴力ですよね」と応じた。
2
この記事の中でご紹介した本
ららほら/響文社
ららほら
編集者:藤田 直哉
出版社:響文社
「ららほら」は以下からご購入できます
美しい顔/講談社
美しい顔
著 者:北条 裕子
出版社:講談社
「美しい顔」は以下からご購入できます
「美しい顔」出版社のホームページはこちら
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