石上露子私論 女性にて候、されど 書評|楫野 政子(風詠社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 日本文学
  6. 石上露子私論 女性にて候、されど の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月14日 / 新聞掲載日:2020年3月13日(第3331号)

石上露子私論 女性にて候、されど 書評
石上露子の全貌を明らかにする作家研究の力作
「女であること」の意味を問い続けた先駆者

石上露子私論 女性にて候、されど
著 者:楫野 政子
出版社:風詠社
このエントリーをはてなブックマークに追加
 戦争ができる国となり、それに抗するようにフェミニズムが再燃している今、本書の刊行を心から喜びたい。

日露戦争の時代に「君死にたまふこと勿れ」を詠った与謝野晶子とともに厭戦・反戦作品を残した石上露子の全貌を、時代環境や新聞雑誌、先行研究を詳細に調査しながら明らかにした本格的な研究書である。家父長制の桎梏と格闘しつづけ、藻掻き苦悩した女の生涯を、フェミニズム批評の視点から作品を真摯に読み解きながら露子の内面の真実に迫ろうとする、作家研究の本命を示唆してくれる力作だ。

石上露子、本名杉山タカは明治の世に大地主の跡取り娘として生まれ、文学少女が初恋の文学青年に出会って本格的に〈文学〉に開眼し、『明星』『婦女新聞』『婦人世界』等に発表しつづけた詩人・歌人である。ヴァージニア・ウルフの二〇年も前に恵日庵こと〈私一人の部屋〉を持ち、思索に耽り創作にあけくれたにもかかわらず、家制度を守る父親の強制によって恋人との仲を引き裂かれ、結婚を強いられて一時期は執筆活動まで断念せざるを得なかった。夫と別居して二人の愛息と暮らす生活の中で再開はするけれども、長男を結核で亡くし、次男を戦後の〈農地改革〉が原因で自死させるという不幸に遭遇。だが、文学への見果てぬ夢を追い続け、凛として生きた女性であった。

本書の圧巻は、幸徳秋水らの『平民新聞』や『直言』・『光』等を女の立場から熟読して影響を受け、戦争国家や性差・貧富の差の激しい社会のあり方に疑問をもって社会主義に目覚め、反戦表現を美文で武装し発表していく過程を丹念に追究するくだりである。

弱い民がいかに国家や戦争の犠牲になっているか、男性文体によらない言文一致〈女装文体〉で反権力ともいえる思想を披露した「霜夜」、社会主義者の結婚観や自由な恋愛観に共鳴して強烈な結婚制度批判を展開した「しのび音」、〈女の道徳〉に従い無意識な屈従者になる女の諦め的運命について論を張った「あきらめ主義」の分析。そして「開き文 君が行く道(家政塾を卒業の君達に)」の刺激的な考察。後者の、卒業生に向けたメッセージでは、〈賢母良妻〉規範に異議をとなえ、人の妻となり母となるのみが天職ではない、あくまでも自己を忘れずに奮進せよと檄をとばしていることを指摘しつつ、これまで貫いてきた理想の生き方を結婚によって諦めざるをえない自身への刃、自責の念が込められているのではないかと、その深層まで探究しているのである。

本書のサブタイトル「女性にて候、されど」は樋口一葉の「われは女成りけるものを」を想起させるが、ともに「女であること」の意味を問い続けたのだという。一歩進めて、女であることに立脚する覚悟のようなものさえ感じとれる。さらに特筆すべきは、反戦の意志をあくまでも女装文体で貫いた露子の戦略にも似た方法には、美文によって家父長制国家すなわち男性社会に抵抗する意図があったと説いた点だ。露子の〈朧化・省略・空白・韜晦〉といった仕掛けある文体も含めて、男性性と拮抗する女性性の主張や国家権力への批判が潜まれていることを明らかにしているのである。しかも、一刀両断せずに、必ずしも近代的な女性とは言い切れない複層的な側面をも掘り起こしている。

石上露子の苦闘の人生は一貫してフェミニズム思想に依拠しており、家父長制が形を変えていまだ残存し、きな臭い時代に変貌した現代に問いかけてくる。#MeToo運動も起こる今こそ読まれなければならない一書である。本書の帯には、渡邊澄子氏の熱いエールが付されている。
この記事の中でご紹介した本
石上露子私論 女性にて候、されど  /風詠社
石上露子私論 女性にて候、されど
著 者:楫野 政子
出版社:風詠社
「石上露子私論 女性にて候、されど 」は以下からご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
長谷川 啓 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学関連記事
日本文学の関連記事をもっと見る >