日々の子どもたち あるいは366篇の世界史 書評|エドゥアルド・ガレアーノ(岩波書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月14日 / 新聞掲載日:2020年3月13日(第3331号)

日々の子どもたち あるいは366篇の世界史 書評
言葉が返ってくるのを待つ余白
二つの史観のあいだで想像する自由を

日々の子どもたち あるいは366篇の世界史
著 者:エドゥアルド・ガレアーノ
翻訳者:久野 量一
出版社:岩波書店
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 一九四〇年生まれのウルグアイの知の巨人、エドゥアルド・ガレアーノの主著のひとつ『収奪された大地』(原著一九七一年)は、大航海時代以降の世界で、ラテンアメリカに運命づけられてきた従属の地位、数々の不正義を、ジャーナリストの誠実さをもって精緻かつ鋭利に描き出すものだった。

いっぽう、二〇一二年に原書が刊行されたこの『日々の子どもたち』は、一年を構成する三六六日の日付けひとつひとつに、その日にまつわるエピソードを、二千年の歴史のなかから、一見すると無作為に選び出して割り当て、簡潔に語るものである。訳者によればガレアーノは、晩年に当たる二〇〇八年以降、同じように断章を連ねた書物を複数刊行したという。

本書に収められた三六六の、掌篇とも呼びうるエピソードのなかには、人類が飽かず繰りかえしてきた愚行があり、稀有な先駆者の勇敢な振る舞いがあり、目を凝らして見ればこの世界にありふれている優しさがある。

豊かなユーモアや機知をもって、日めくりに似た形で語られる物語群は、ひとつひとつが詩のような凜とした佇まいを見せ、詩というものが、歴史や人間への洞察に裏打ちされて初めて成り立つものだということを、あらためて示している。

事実を数え立てて語り募る『収奪された大地』とは異なり、本書は余白に、余韻に、沈黙に満ちている。ゆっくりと、読者が言葉を返すのを待ち、思索するのを待つかのように。その意味でこの本は、いちど通読して書棚にしまっておくのではなく、傍らに置いて、偶然に委ねてページを開いては空想のきっかけを得る、という読み方をするべきものなのかもしれない。

わたしたちの誰もが、人類の歴史のなかで長らく人種差別が存在したこと、いまも存在し続けているが、差別をなくそうと努める人びとも少なくないことを、知識として知ってはいる。それでもなお、十八世紀の終わり頃にヨーロッパを席巻したブラジル人のオペラ歌手ジョアキーナ・ラピーニャについて、あるスウェーデン人がその歌を褒めつつ、「残念なことにジョアキーナは肌が黒い」が「この欠点は化粧で補正される」と書き記したという話(六月二十日)には驚きを禁じ得ないし、二〇〇一年にイタリアで、人種差別の嘲りを受けていたナイジェリア出身のサッカー選手を擁護するため、チームメイト全員が顔を黒く塗って試合に臨んだという話(六月二十一日)には勇気づけられる。

また、女性差別について――古代ギリシアのオリンピックでは女性が競技に参加することが禁じられていたが、近代オリンピックの創始者であるクーベルタン男爵も同じ考えの持ち主だったという。「女には愛嬌、家庭、子育てがありますから」と(八月十二日)。カナダでは、「人の法律的な定義」に女性が含まれるようになったのが一九二九年だったという事実には驚かされ、最高裁でその判決を勝ち取った女性たち、エミリー・マーフィー、ネリー・マクラング、アイリーン・バールビー、ヘンリエッタ・エドワーズ、ルイーズ・マッキニーの名前には敬意を抱かずにいられない(十月十八日)。

人類は絶えず進歩していると想定する史観に立てば、過去の不正義は偶発の、それゆえ修正可能なエラーと見える。いっぽう、人類は同じ過ちを反復し続けると想定する史観に立てば、支配と抑圧の機構と詐術から身をかわして生き延びてゆくことは、現在もこれからもわたしたちの使命であると見える。ガレアーノのこの本は、それら二つの史観のあいだにわたしたちを宙吊りにしつつ、戸惑い、考え、想像する自由を与えている。
この記事の中でご紹介した本
日々の子どもたち あるいは366篇の世界史  /岩波書店
日々の子どもたち あるいは366篇の世界史
著 者:エドゥアルド・ガレアーノ
翻訳者:久野 量一
出版社:岩波書店
「日々の子どもたち あるいは366篇の世界史 」は以下からご購入できます
「日々の子どもたち あるいは366篇の世界史 」出版社のホームページはこちら
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