石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹 書評|石牟礼 道子(弦書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月14日 / 新聞掲載日:2020年3月13日(第3331号)

石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹 書評
みっちんの手仕事みっちんの手仕事
<きょうも雨あすも雨わたしは魂の遠ざれき>

石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹
著 者:石牟礼 道子
出版社:弦書房
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 「魂」は石牟礼道子(一九二七~二〇一八年)が生涯手放さなかった言葉である。〈魂は同伴者を求めて、いつも肉体を抜け出そう、抜け出そうとしているんですね〉と語る。

本書は、石牟礼道子晩年の俳句と自筆画を集めた「〈句・画〉集」である。二〇一六年四月~一八年二月の約二年間、読売新聞西部本社版に掲載した二一句とその自句自解、自筆の絵、『石牟礼道子全集』などに未収録の三一句から成る。

牛の絵がある。うまく描こうとは思っていない。無心に線を重ねる。牛であるし、厳しい岩肌のようでもある。〈幼いころ、近所で飼われていた牛をじっと観察しては、地面に描いたものです〉。

見る人だった。幼少期、近所に遊郭があり、そこの女性たちにかわいがられた。水俣対岸の天草出身者が大半である。貧困ゆえに売られてきたのだ。狂気に陥った道子の祖母は村の異端者的存在だったが、女性らは祖母に親切だった。「ばば様をお連れ申したばえ。もう安心でございもうす」と気にかけてくれたのである。

女性らが髪を結うのを道子は飽きずながめた。肩に揺れる髪が、髪結いさんの手で奔放に波打つ。豊穣、残酷、無常……。「みっちん」と呼ばれた少女は、期せずして森羅万象と向き合う。浜辺で歌うと、波の音、海をわたる風などに感応しつつ、歌は自然と一体化する。人と自然ではなくて、自然の一部分としての人である。

『苦海浄土』三部作も道子の歌(詩)であろう。唐突に挿入される医学論文などは真実探究的に読むならば、流れを遮る異物に見えてしまいかねないが、全体が「詩」であるなら、一大叙事詩の中の詩的飛躍として秀逸なのだ。

私は二〇一四年頃から道子の密着取材・介護をした。いつ訪ねても、料理、裁縫、執筆など、道子の手が動いている。読売連載時の担当記者、右田和孝によると、「手仕事は文明を育てます」と述べたという。

短歌、小説、随筆、詩、能……。文芸のほとんど全ジャンルを踏破した道子だが、深い思いと沈黙をバックボーンとする俳句は晩年の仕事として絶好であった。〈おもかげや泣きなが原は色うすき虹〉の回顧や、〈常世なる海の平の石一つ〉の観照に至るまで、自在に言語化した。

二〇一七年春、道子の文筆を半世紀近くサポートした渡辺京二が、文章の構成について、異議をとなえたことがあった。道子は裁縫を続ける。「私の話を聞いてください」と苛立った渡辺は道子の手を止めようとした。その瞬間、道子は渡辺に視線を投げた。虚心で無垢なみっちんの目に直撃されては、さすがの渡辺も黙るしかない。

年を重ねても、手で世界と交歓し、目の鮮度が失われない。自分を含む生類の魂の流転が俳句や絵になった。
この記事の中でご紹介した本
石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹/弦書房
石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹
著 者:石牟礼 道子
出版社:弦書房
「石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹」は以下からご購入できます
「石牟礼道子〈句・画〉集色のない虹」出版社のホームページはこちら
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