橋爪大三郎氏/内田樹氏 インタビュー 69年5月、駒場900番教室の記憶 映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』公開を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月13日 / 新聞掲載日:2020年3月13日(第3331号)

橋爪大三郎氏/内田樹氏 インタビュー
69年5月、駒場900番教室の記憶
映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』公開を機に

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第4回
個人的に言葉を生み出した二人

三島(写真右端)と、芥正彦氏(右から三人目)
――映画では、「言葉が有効な時代」がテーマになっています。これについて、ご意見をお聞かせください。
橋爪 
 あの時代、言葉が有効だったかどうかは微妙です。有効でないだめな言葉もたくさんあって、うんざりしていましたからね。

この言葉は響かない、現実に届いていない、と思うとどうなるか。言葉が喋れなくなるんです。挨拶や日常のやり取りはできますよ。でもそれ以上のことを言おうとすると、言葉に詰まる。聞くことはできても、口を開けないんですね。そうすると、精神が縮小してしまってアクションが起こせないし、態度にも示せない。自分を評価することもできないし、何をどう考えればよいのか、確信が持てなくなっていきます。

例えば、全共闘の学生が使わない言葉を考えてみましょう。「人権、民主主義、国民、法律、政府、憲法、主権、生命の大切さ、郷土、伝統…。」ほとんど使わなかった。でもこうした言葉を使わずに、人間にとって大事なことを口にすることはできませんよね。では、マルクス主義の用語はどうか。「労働、自然、肉体、権力、階級、所有、資本主義、貨幣、…などなど。」これは学問的な言葉で、いちおう使えるけれど、マルクス主義の文脈でないと使えない。セクトの機関紙などには、だいたいこういう言葉が散りばめられていました。でも、やっぱり言えないことはたくさんあります。「個人、倫理、道徳、生き方、人間性」といったたぐいの言葉は、こうした語彙の系統からは出てきません。

五○年代から六○年代にかけて、サルトルの実存主義が大人気だったのは、マルクス主義の用語を踏まえながら、人間について話すことができたからです。「実存」とは、簡単に言えば、「私がたった一人、ぽつんとここに存在していること」です。日本の現状に不満な若者には、ぴったりの思想だった。たしかに私は「ここ」にいるけど、それだけでは他の人と関われないし、人間らしく生きることもできない。では、どうしたらいいか。実存主義の文脈で言うと、アンガジュマン(参加)。左翼の運動に加わりなさい。社会とも歴史ともつながれる。そういう意味で、サルトルは左翼なんですね。

――三島が映画の途中で「私の嫌いなサルトルが……」と言っていたのは、そういうことだったんですね。
橋爪 
 サルトルの言う左翼とは、フランス共産党です。ナチスに抗してフランス共和国を回復するために活動し、犠牲になった人びともいた。だから、いちがいに否定しにくい。しかし、日本共産党は、ほとんどの党員が特高に捕まって転向した。戦後になって急に赤旗を振り回したけれど、しばらくすると「革命はしない」と言い始めた。新左翼に言わせると、「日本共産党こそ、革命を抑止している階級の敵ではないか」です。そこで実存主義の行き着く先は、日本共産党ではなくて、新左翼とか、全共闘だったわけです。でも、やはり実存主義はだめなんです。理屈で説明できなくて、行動あるのみ。居直りです。そして、自分は立派な知識人だ、という自己満足です。そこからは、さっきのべたように、言葉が出てこない。

そこで、詩人や文学者や芸術家は、個人的に言葉を生み出すしかなかったのです。その点,三島も芥さんも、同じ問題にたぶん直面していたのでしょう。彼らは、使っている道具立てや活動の舞台は違いますが、同じようなことをしているとも言えるんです。

芥さんは、演劇をする、セリフを作る人です。虚構を生み出す人、だと言ってもいい。演劇を目撃する観客は、その作品がなければ存在しないセリフや登場人物を通じて、虚構に直面します。そこで描かれるのは偽りの現実だけれど、実生活よりも真実に見える。人びとは実生活の中で、本当の実人生に直面するのは難しいのです。そのいっぽう三島は文学の人、言葉を書く人でした。しかも三島は、戦前/戦後で言葉のシステムが急に入れ替わった体験をしています。それまでは軍国主義、天皇中心だったのに、戦後になると、みんな口をそろえて真逆のことを言い始めた。そんなことを急に言い出した連中は、無責任でいい加減で、人間として信頼ならない。そういうシニカルで批判的な目線が、三島にはあります。戦争には負けてしまったけれど、戦争の時代をまじめに正しく生きていた、清らかな「純粋日本人」像を背負って、戦後の世界を批判していく。だから、三島の言葉には効き目があるのです。

しかし、戦後への三島の批判的な目線は、彼自身にも及んでいると私は思います。戦後にデビューして、商業雑誌に作品を書きまくり、スタアとして映画やメディアにも露出している。まるで戦前的じゃない活動をしながら、「戦前から見て戦後は間違っている」と言う。三島はその根拠として、戦前/戦後を通じて変わらないものを、言葉の中に求めなければならなかった。それが「天皇」だった。天皇という言葉によって、彼は自分を支える構造になっていたのです。
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