橋爪大三郎氏/内田樹氏 インタビュー 69年5月、駒場900番教室の記憶 映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』公開を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月13日 / 新聞掲載日:2020年3月13日(第3331号)

橋爪大三郎氏/内田樹氏 インタビュー
69年5月、駒場900番教室の記憶
映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』公開を機に

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第5回
時代に居場所がなかった者たちの邂逅

――三島の「天皇と君たちがひと言言えば、一緒に安田講堂にこもった」という言葉は独り歩きするほど有名です。実際に聞いたとき、衝撃はありましたか。
橋爪 
 何を言うんだい、そもそもそこが立場の分岐点なのに、と思いましたね。全共闘が「天皇」と言うわけないでしょう。「引っかけ」に来てるんですよ。「三島さん、そこまで(安田講堂にこもるとまで)言うんですか」となびいて欲しいんですよ。三島は形を変えた体制派なので、ここで油断して、ファイティングポーズを崩してはいけないとみんな思ったろうと思います。

あの討論会で三島が全共闘に向かって一貫して言っていたのは、「君らも私に共感するところがあるだろう。もし同じ方法をとるなら、違いはない、仲間だ」ということです。まあたしかに、戦後は間違ってるかもしれません。でも、全共闘からすると戦前はもっと間違っていた。戦前/戦後に共通するのは、日本政府、天皇、資本主義、財閥、官僚、学校教育。ろくなものじゃないでしょう。全共闘や新左翼は、戦前/戦後に共通する禍々しいものの実体を打ち砕いて、別の場所に出ていかなければならない、という思想です。新左翼の根底には、人間を尊重するヒューマニズムがあるんですね。天皇が拠点になるか、人間が拠点になるか。三島と全共闘にある違いは、どうあっても埋まらないものだったと思います。

――今回、改めて映画で討論会を見て、いかがでしたか。
橋爪 
 この映画には、時代が映ってしまっている。だからこそ、あの出来事はどういうことだったんだろうと、もう一度思い返しました。よく考えてみると、三島も体制から外れた半端者です。有名な小説家かどうかは知りませんが、本人は疎外され、孤立した場所にいたわけです。全共闘だって、時代の中に居場所のない運動であり、グループなんです。動機はそれなりに理解できるし、大学や政府が間違っていたかもしれないが、ああいうやり方で展望が開けるはずもない。そんな両者が、たまさか時間と場所を共有して出会い、火花を散らすことになった。それが、あの討論会だったのでしょう。この出来事は何で、目撃する意味は何か。それによって自分たちのことが、どれくらい新しくわかるようになったのか。そのことを考えます。

全共闘は、政治活動をしているように見えるかもしれませんが、政治よりも、自己表現をしていた。「こんな間違った社会、大学におとなしく従ったりしない。人間なんだから声を上げるぞ」と訴えていたわけです。声を上げたからって、どうなるものでもありませんが、人間とはそういうものだと思います。

いまはもう政治の時代ではないので、その領域で声をあげている人は、ほとんどいません。でも、ダンサーやラッパー、ユーチューバーがたくさんいる。それぞれの場所で自分を表現しているじゃないですか。自分の居場所を模索して行けば、みんなと同じでああよかった、とは絶対にならない。今も昔もみんな、「私は私ですよ」と、自分だけの個性の声をあげているんです。人生は一回しかないので、取り返しのつかない失敗もある。それも覚悟のうえ、滑ったり転んだりしながら自分だけの道を見つけ、どうにか社会と折り合いをつけて生きていく。この映画から、そのことを学べるのではないでしょうか。 (おわり)
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