スティーヴン・スペンダー評論(安藤一郎訳) 知識人の社会的責任――サルトルとアルジェリア問題 『週刊読書人』1958(昭和33)年5月12日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月15日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第224号)

スティーヴン・スペンダー評論(安藤一郎訳)
知識人の社会的責任――サルトルとアルジェリア問題
『週刊読書人』1958(昭和33)年5月12日号 1面掲載

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1958(昭和33)年
5月12日号1面より
エネルギッシュに続けられているサルトルの政治的発言は、社会的責任を負った文学者の誠実な行動として、わが国の知識人に大きな影響をあたえている。そのサルトルの行動が、他の西欧知識人にはどのように受けとられているのだろうか。サルトルの最近の行動について、特に“文学者の社会的責任”という観点から、来日中のスペンダー氏に論じてもらった。(編集部)
第1回
芸術家の良心と社会的公約

「約束する」(アンガジュ)という言葉は、フランスの知識人のあいだに最も盛んに議論される観念の一つをあらわしている。公約または言質を与えるということは、知識人は社会的行動において、また、おそらくは、創作においても、時代の歴史を形成するところの社会的闘争に、良心をもって荷担しなければならない、ということを意味する。知識人は自分の知性を、生活の環境を変える勢力の中のひとつとして、活用しなければならない、というわけである。

イギリスのような国では、フランス人のこういった「約束」があるとかないとかいう先入観は、いささか奇妙におもわれる。英国の作家ならば、社会的に公約があるとかないとかいうことは、個人的なもので、芸術上の良心にかかわることと考えるだろう。そして、こういう点において、一人の良心を強いることは、芸術を裏切るものであり、大方、自分の個性を偽ることにもなると考える。イギリスにも、これまで社会的良心を持つ作家があった。たとえば、バーナード・ショーやH・G・ウェルズのように。しかし、われわれ英国人は、芸術に政治が多く入りすぎることは、英国の文学を俗化するという風に、いつも感じているのだ――「社会的関心といったものの片影ですらも」自分の作品を染めたことがないと言う、詩人ジョン・キーツの自負は、社会改革のいろいろな意図に劣らず、われわれの良心に訴えるのである。
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