功利とデモクラシー ジェレミー・ベンサムの政治思想 書評|フィリップ・スコフィールド(慶應義塾大学出版会 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月21日 / 新聞掲載日:2020年3月20日(第3332号)

功利とデモクラシー ジェレミー・ベンサムの政治思想 書評
近代政治思想史の表と裏を描き出す
非専門家でも十分に楽しめる著作

功利とデモクラシー ジェレミー・ベンサムの政治思想
著 者:フィリップ・スコフィールド
翻訳者:川名 雄一郎、高島 和哉、戒能 通弘
出版社:慶應義塾大学出版会
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 近年、政治思想としての「功利主義」が再評価されている。その背景として、個人の自由を重んじる自由主義と、全体の利益を多数決で決定し、その方針を全員に強制する民主主義の間の緊張関係が顕在化する中で、「決められない政治」への苛立ちが強まっていることがあろう。自由民主主義のジレンマに囚われず、「最大多数の最大幸福」という分かりやすい基準で方針を決定し、効率的に実行する功利主義に期待を抱く人たちがいる。(全員でなくても)最大多数が科学的に「幸福」になれるなら、SFでよくあるように、AIにコントロールされる社会になっても構わないというわけだ。

本書はその功利主義の元祖であるベンサムの思想形成過程を、テーマごとに整理しながら再構成する試みだ。ベンサム研究の第一人者である著者は、ベンサムが急進的議会改革を提唱し、その指導者になったのは何故か、という問題に解答を出すことを試みている。

ベンサムの思想家としての出発点は、様々な判例や裁判官の恣意的解釈のつぎはぎで、非合理的かつ不透明であった、コモンローを中心とする英国の法制度や、それを擁護するブラックストーンなどの法学の権威に対する批判だった。新しい法体系の必要性を主張したベンサムが、その中心原理として呈示したのが「功利性」だ。『統治論断片』(一七七六)や『道徳及び立法の諸原理序説』(一七八九)など初期の著作でベンサムは、快楽/不快の心理学によって「功利性」を定義し、それを政府がどう制度化すべきか論じているが、どのように「政府」を構成するかにはさほど重きを置いていない。

フランス革命が勃発した当初、ベンサムは、その理念に惹きつけられ、フランスの議会・司法制度改革のための提言もしている。しかし、革命が恐怖政治化していくにつれ、無教養な民衆の意志に全てを委ねる民主主義に懐疑的になっていく。万人に備わる「自然権」としての人権は虚構だと見ていたベンサムは、「人権宣言」についても、いかなる制約も受けない権利を、立法の原理にするのは矛盾であり、法の支配を不可能にすると指摘していた。こうした彼の姿勢は、保守主義の元祖になったバークと似ているように見える――著者は、ベンサム≒バークの印象が生まれないよう注意している。

その彼が、『議会改革案』(一八一七)など後期の著作で功利主義と民主主義を不可分のものとして呈示するようになった理由について、ジェイムズ・ミル等、若き自由主義思想家との出会いなど、様々な説があった。スコフィールドは、一八〇三年以降の「邪悪な利益」をめぐる一連の考察が転換点だと主張する。「邪悪な利益」とは、一部の特権層が「最大多数の幸福」の実現を阻むことで得る利益である。

あまりにも手続きが煩瑣で遅延しがちの訴訟制度の改革案に取り組んだベンサムは、不合理な制度が改まらないのは、法律家がそれによって多額の手数料を得ているからだという認識に至った。最初は、議会政治家たちによる法改革に期待したが、出版の自由をめぐる問題を機に、政治家も「邪悪な利益」を共有していると考えざるを得なくなった。更に、学生時代から英国国教会による信仰の押し付けに反発していたベンサムは、国教会もこの利害共同体に加わっていることを見てとった。構造的不正を打破するには、最大多数の利益を代表する議会が改革を断行するしかない。普通選挙による議会や世論法廷は、「邪悪な利益」への解毒剤だったのである。

ベンサムの念願だった選挙法の第一次改正は、彼の死の直前、国王の同意を得て成立した。この解毒剤の副作用である「多数派の専制」の危険にどう対処するかという課題は、ジョン・スチュアート・ミルに残された。

フーコーは『監獄の誕生』で、ベンサムの「パノプティコン(一望監視装置)」の構想を、近代的な規律権力のモデルとして位置付けた。本書では、ベンサムの中でこの構想と、「邪悪な利益」をめぐる考察や、オーストラリアへの植民地政策に対する微妙なスタンスが、どう絡まっていたか――ベンサムを不自然に美化することなく――詳細に描き出されている。ベンサムを通して、近代政治思想史の表と裏を描き出す、非専門家でも十分に楽しめる著作である。
この記事の中でご紹介した本
功利とデモクラシー ジェレミー・ベンサムの政治思想/慶應義塾大学出版会
功利とデモクラシー ジェレミー・ベンサムの政治思想
著 者:フィリップ・スコフィールド
翻訳者:川名 雄一郎、高島 和哉、戒能 通弘
出版社:慶應義塾大学出版会
「功利とデモクラシー ジェレミー・ベンサムの政治思想」は以下からご購入できます
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