21世紀のマルクス マルクス研究の到達点 書評|伊藤 誠(新泉社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月21日 / 新聞掲載日:2020年3月20日(第3332号)

21世紀のマルクス マルクス研究の到達点 書評
アカデミズムの域を超えて
マルクス思想研究と現代世界を切り結ぶ

21世紀のマルクス マルクス研究の到達点
著 者:伊藤 誠、大藪 龍介
編集者:田畑 稔
出版社:新泉社
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 マルクス生誕二〇〇年を機に、ここ二―三年数多くのマルクス関連著作が刊行された。この国のマルクス研究は世界的水準に達している、と言われてきた。だが他方で、それらの優れたマルクス研究はひとびとの日常生活をとらえる力をほとんどもたない。思想が現実をとらえることのないままに一人歩きする。だが、そのような国であっても、現実世界の深刻な危機が、おのずとマルクスの思想を日常生活に引き寄せつつある。

本書は副題で「マルクス研究の到達点」と銘打っている。だがむしろ本書は、この国のアカデミズムの蛸壺に閉じこもった『資本論』研究およびマルクス思想研究を広く社会・人文・自然の諸科学に向かって開くと同時に、二一世紀の日常生活に向かっても開いた労作と言ったほうがふさわしいように思える。アカデミズムの域を超えて現代世界と切り結ぶ思考の回路を各論考に読み取ることができるからである。

本書は、『資本論』の読解に関する第Ⅰ部「『資本論』をどう読むか」と、マルクスの哲学、政治理論、歴史理論、未来社会論、エコロジーを扱った第Ⅱ部「歴史観と変革構想」とからなり、前者を四名が、後者を五名が、それぞれ執筆している。

第Ⅰ部の諸論考は、いずれも『資本論』を唯物史観の公式にもとづく政治経済学批判として読む読み方とは一線を画している。集権型計画経済によって組織された二〇世紀社会主義とは異なる多様な社会的連帯経済にもとづく社会主義の構想を『資本論』のうちに読み取ろうとする伊藤誠、『資本論』全三巻をひとつの「芸術的全体」として読もうとする大谷禎之介、マルクスの物象化論を、主客二元論の近代的認識地平を超える共同主観論(廣松渉)として読むよりもむしろ、階級闘争、社会闘争を通じての社会形成論として読みとろうとする佐々木隆治、ミシェル・フーコーの統治術という権力概念を援用して価値形態論のうちに資本の統治を読み取ろうとする大黒弘慈、いずれもが、物質的土台、経済社会という枠組みでの経済学研究という域を超えた二一世紀社会論としての『資本論』の読み方を大胆に提示している。

だが、第Ⅱ部の諸論考においても、それと同様に、あるいはそれ以上に、『資本論』を二一世紀的文脈のうちに蘇らせる理論的・思想的な新機軸が提示される。

田畑稔は、生活過程を「現に作動しつつある存在様相」においてとらえ、労働、相互行為、精神諸力、文化活動などに媒介された「総過程」として読む視座をマルクスの思想のうちに読み取る。この「総過程」という概念は、『資本論』第三巻「資本主義的生産の総過程」に登場する。『資本論』は、剰余価値の生産を扱った第一巻の直接生産過程を中心に読まれてきたが、剰余価値の生産は資本の運動を「現に作動しつつある存在様相」においてとらえることなしにはありえない。田畑のマルクス理解は、『資本論』の解読への重大な問題提起である。

大藪隆介は、マルクスが着手しえなかった国家論、政治学批判の著述を、マルクスのフランス三部作やイギリスの政治体制分析を通してフォローし、政治革命から社会革命へのマルクスの視座転換によって浮かび上がる政治と国家の概念に着目する。それは、上部構造としての政治・国家ではなく、資本制生産、あるいはブルジョア社会秩序を存立せしめる力としての政治・国家概念を提示している。ここでも、やはり『資本論』における政治・国家の再定位が問われている。

平子友長は、「本源的所有」(労働主体が自己の生産諸条件に対して自己自身のものとして関わる)を多様にとらえることによって、私的所有の発展を歴史的必然とみなす歴史観に代わって、共同体を社会再生の拠点とする非西欧地帯の道を人類史的な歴史理論としてうちたてた晩年のマルクスの営為を再発見する。この再発見は、『資本論』を普遍的な歴史哲学としてではなく、人類史における西欧的個性を描いた書として再定位するよう求める。

国分幸は、国家が社会の上部に君臨する自立した組織体であることをやめ、社会の下に就く非政治的国家になるための条件を探ることによって、『資本論』が階級国家論ではなく非政治的国家論としてはらむ理論的地平を開示する。

尾関周二は、ひとびとの自由で平等なアソシエーションというマルクスの未来社会構想が人間と自然の物質代謝過程を実現するものとして、マルクスのコミューン論とエコロジー論をつなぐ人類史的視座を『資本論』のうちに探る。

一九世紀のブルジョア社会を自己認識するための政治経済学批判の言説として誕生した『資本論』は、二一世紀の「現実的な生活過程」を、二一世紀の政治と国家を、二一世紀のエコロジーとアソシエーションを、二一世紀のグローバル文明を、それぞれ読み解くための方法序説として、本書にその姿を現わす。本書をひもとく読者は、この方法序説をどう引き受けるのか、という重い問いの前に立たされることになる。
この記事の中でご紹介した本
21世紀のマルクス マルクス研究の到達点/新泉社
21世紀のマルクス マルクス研究の到達点
著 者:伊藤 誠、大藪 龍介
編集者:田畑 稔
出版社:新泉社
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