西への出口 書評|モーシン・ハミッド(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月21日 / 新聞掲載日:2020年3月20日(第3332号)

西への出口 書評
世界各地に現れた 不思議な「扉」
「私たち」はなぜ「彼ら」を「恐れる」のか

西への出口
著 者:モーシン・ハミッド
翻訳者:藤井 光
出版社:新潮社
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 扉を開けばどこにでもいけるあのドア。そんな不思議なドアがあなたの家のクローゼットに突如出現し、世界各地から人々が集まってきたら、どうしますか。

物語は著者の出身地でもあるパキスタンのラホールを思わせる街(実際には特定されていない架空の場所となっている)から始まる。広告代理店で働くサイードと保険会社で働くナディア。若い男女が夜間学校の授業で出会い、心を惹かれていく。社会には不穏な気配が忍び寄り、暴力の影が少しずつ日常に入り込んできているものの、その時点ではまだかろうじて日常生活が保たれている。お互いの距離を縮めていくと同時に、政府と武装勢力との衝突は激化し、街中に暴力と破壊が広がっていく。若い二人は紛争と暴力から逃れるため、育った街や家族に別れを告げ、世界各地に突如現れた不思議な「扉」を通じて、ギリシャ、ロンドン、カリフォルニアへと、西へ西へと向かっていく。世界の情勢に翻弄されるサイードとナディア。彼らが新しい環境に適応し、変わっていく二人の関係性にどう向き合っていくのか?不思議な「扉」の出現によって、国境の間に横たわる海や「壁」が移動にとって物理的な障壁ではなくなったとき、何が人々を待ち受けているのか。

このナディアとサイードの物語は、三人称で静かに、淡々と語られる。静かな語り口ではあるが、著者は物語のところどころにいろんな仕掛けをしているようだ。この仕掛けで、読者の目は今の世界が抱える矛盾、自身の思考の枠組み、普段は思い至らないことに向いていく。国境とは?国民とは?移民とは?信仰とは?人類の歩みを振り返れば、人々は移動し、新たな土地を耕し、新しい生活を築いてきた。誰がその土地の「ネイティブ」かなんて、歴史という時間の中では相対的なものなんじゃないだろうか。物理的な距離を魔法の「扉」で取り除くことによって、より明確に浮かび上がってくるもの。嫌悪、敵意、同情。国境を越えてきた人たちは私たちと何が違うのか?「私たち」はなぜ「彼ら」を「恐れる」のか(そして、「私たち」と「彼ら」は簡単に入れ替わるような時代を生きていることもまた忘れてはならない)。移動してくる人を拒絶するもの、受け入れるもの、それは物理的な国境ではなく、私たちの心の中にあるもののようだ。

この物語の著者はモーシン・ハミッド。彼はパキスタンに生まれ、幼少期の一時期をアメリカで過ごした。プリンストン大学で国際関係学を学び、大手コンサルタント会社での勤務経験もある。現在は家族とともにパキスタンのラホールに暮らし、ラホールで英語での創作活動を行う。現代の南アジアを代表する作家の一人であり、世界の読者にその名前を知らしめたのは、第二作目の『コウモリの見た夢』(英語のタイトルはThe Reluctant Fundamentalist)だ。政治的・社会的な情勢に正面から向き合いつつ、情景を生き生きと再現するような語り口で、文学としてしっかり読ませる作家である。本書はハミッドの第四作目にあたる。

ハミッドが生み出した「扉」は、読者である私たちを既存の物の見方や思考から、別の場所に案内してくれるだろう。読者は様々な仕掛けにそれぞれに反応しながら、本書を読み終えたとき、想像力の幅が少し広がって、それによって少し違った立ち位置から世界を見まわしているかもしれない。もちろん、変わっていなくても構わない。でも、この世界の成り立ちと、この瞬間に同じ地球で生活する誰かのことに思いを馳せてみてもいいかもしれない。その人は、今何を思っているだろうか?そのときあなたの目に映る「世界」はどんなものだろう?
この記事の中でご紹介した本
西への出口/新潮社
西への出口
著 者:モーシン・ハミッド
翻訳者:藤井 光
出版社:新潮社
「西への出口」は以下からご購入できます
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