高慢と偏見 書評|ジェイン・オースティン(中央公論新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2020年3月21日 / 新聞掲載日:2020年3月20日(第3332号)

ジェイン・オースティン著『高慢と偏見』

高慢と偏見
著 者:ジェイン・オースティン
出版社:中央公論新社
このエントリーをはてなブックマークに追加
 この本に初めて出会ったのは、中学3年生の時であった。当時は幼くて読み終えるのに一苦労だったが、それから約7年間、「好きな本は何か」と問われたら、私は一番にこの本を挙げている。なぜ私は自分の生涯のバイブルだと言えるまでに、この作品を好きになったのだろうか。

ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロム曰く、愛とは「落ちる」ものではなく、知力と努力によって習得される技術である。たとえば「恋に落ちる」という表現にも見られるように、多くの人が恋愛とは感覚的なものであり、感情によって生じるものだと考えているのではないだろうか。しかし、愛とは理性に基づいたものだとフロムは言う。本当の意味で「愛する」には知力と努力に基づいた技術が必要であり、技術を獲得するためには習練を積み重ねることが必要なのである。また、愛するには人間として精神的に独立することが必要であり、人間的に自立していることで、自分自身も他者も愛することができる。

この物語の主人公エリザベス・ベネット(リジー)は、はじめは愛することが何かを知らない子どもであった。年収一万ポンドの紳士ダーシーに初めて出会ったとき、その高慢な態度と「この僕を踊りたい気にさせるような美人ではないね」という彼の言葉に怒りを覚える。無論、ダーシーから愛の告白をされても、あなたとは絶対に結婚しないと理性を忘れて断言する。一方ダーシーも、リジーへの想いを自覚するが、家柄や身分の違いのことを考えると彼女に愛情を抱いて良いのか相当悩んだことを正直に伝えてしまう。金持ちの家に生まれ育ったダーシーにとっては自分の身分や家柄についてプライドをもつことはある意味当然だったのかもしれないが、リジーは拒絶し、ダーシーに対する偏見を強める。 

二人が互いの誤解から抜け出すきっかけとなったのは、ダーシーからの手紙だった。真実を知ったリジーは自分の感情的な思考を恥じ、ダーシーも自分の高慢さを後悔する。自分の高慢さと偏見を改め、新たな視点を得たことで、互いの本当の姿を見出していく。

一見すると、とある男女が紆余曲折を経て結ばれるという恋愛モノの典型的なストーリーに見えるかもしれない。しかし、この物語は高慢と偏見から解き放たれて本当に「愛する」ことを知った精神の成長物語なのではないだろうか。愛とは精神的に自立した人間が習練を重ねた上で能動的につかみ取るものである、というフロムの愛の理論をまさに実現しているのである。

ダーシーの偏見にとらわれていたリジーは、まるで恋に陥ってまわりが見えなくなっていた、かつての愚かな自分のようだ。だからこそ、この物語はリジーを自分に重ね合わせて読むことができ、二人を通して「愛するということ」の真の意味に触れることができるのかもしれない。精神的に大人になり、理性をもって自分の過ちを素直に認め、偏見や先入観にとらわれず、そして相手を尊重し大切にできることで、本当の「愛すること」が始まる……。これが、私がこの物語にずっと惹かれている理由なのかもしれない。

きっとこれからも『高慢と偏見』は、愛とは何かについて考える人々にとっての大切な一冊であり続けるだろう。
この記事の中でご紹介した本
高慢と偏見/中央公論新社
高慢と偏見
著 者:ジェイン・オースティン
出版社:中央公論新社
「高慢と偏見」は以下からご購入できます
「高慢と偏見」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
【書評キャンパス】大学生がススメる本のその他の記事
【書評キャンパス】大学生がススメる本をもっと見る >
文学 > 外国文学 > 英文学関連記事
英文学の関連記事をもっと見る >