佐々涼子インタビュー  生きるということ、幸せの拠り所  『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2020年3月21日 / 新聞掲載日:2020年3月20日(第3332号)

佐々涼子インタビュー
生きるということ、幸せの拠り所
『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)刊行を機に

このエントリーをはてなブックマークに追加
第2回
死を取り上げる「うしろめたい気持ち」

佐々 涼子氏
――「元ノンフィクションライター」という見出しで、ご自身のことを書いておられました。「死をテーマに取材を続ける私は、人の不幸を書くことを生業としたことに、どこかで言いようのない違和感を覚えていた」と。死を取り上げる「うしろめたい気持ち」について、もう少し伺ってもよいでしょうか。
佐々 
 死について書くことは、後ろめたいですよね……。死はとてもパーソナルなものなので、気を遣って書いたとしても、どこで誰を傷つけるか分からない。亡くなった方は、誰かにとっての大切な誰かですから、安易に書けないですし、大切な思い出を汚していないか不安になるのです。でもその一方で、書き残さねば失ってしまうこともあります。私の仕事として書き残すべきだと思いつつ、大切なものを書かせてもらっている重圧で、毎度具合が悪くなり、ゲーゲー吐きながら執筆するような状況でした。預かったものが大きすぎて、それをちゃんと伝えられるのか自信がないし、知ってしまった以上は書き残す責任があるし……。自分が傷ついてはいけない、悲しんではいけないという気持ちもあって、心より身体の方が先に壊れました。婦人科の病気で大貧血を起こしていたこともあり、主語を書き始めて述語まで到達できないような状況が続いて、これはとても仕事にならないと。

――自分が悲しんではいけないとのことですが、確かに本書では、死にまつわるエピソードを情に流さず端的な言葉で紡いでおられて、言葉の外にどれだけの葛藤や煩悶があっただろうと考えました。
佐々 
 葛藤だらけで、書けないことばかりでしたね。自分が選んだ言葉一つで、何かが違ってしまったら取り返しがつかないので、言葉をものすごく吟味しましたし、編集者にも原稿を通算で五〇回ぐらい読んでもらっていて。

――五〇回ですか?
佐々 
 はい、七年がかりなので。潮干狩りのエピソードなどは二〇一四年にできていて、まとまらないままのバラバラの原稿を、何度も送って何度も読んでもらっていたんです。パーツはあるけれど、繋げるものがない、ネックレスにならない原稿が本一冊分ぐらいそのままになっていて。森山さんから声が掛かって再び書き始めて、また読んでもらって。

軽々に在宅医療はいいですよとか、こうしたら幸せになれますよとか、そんな帰結は、取材させてもらった方々にも、いま治療されている方にも失礼だと思いましたし、ではどう書いたらいいのか、インドでもバングラデシュでもその答えを求め続けていたんです。結論としては、答えはそれぞれの人にそれぞれあって、私が決めることではないと。

だから私が仕事から離れ、身心が元気になってきたそのタイミングで、森山さんからすい臓がんになったという話を聞かされたときには、本当に驚きました。なんというタイミングで、こんな話をされるのだろうと。在宅医療についてまとめたいといわれても、運命にしてもあまりに酷いじゃないかと。

でも私以上に、訪問看護師として関わってきた森山さんには、先に逝かれた方たちの生き方が、強く印象に残っていたのでしょう。彼らが教えてくれたことをなぞるように、自分の人生を模索しながら過ごす姿を森山さんに見せられて、人は人に教えられ、導かれていくのだ、と。死んだらプツリと途切れるわけではなく、自分の歴史の中に亡くなった人たちが遺してくれたものが息づいて、いまの私たちを作るのだと、そのことを強く感じたんです。

あのとき在宅医療の取材をしなければ、いまの自分はなかったし、もっといえば、東日本大震災の頃『エンジェルフライト』を書き、『紙つなげ!』を書かなければ、いまの自分はいなかった。全てが繫がっていて、こんなちっぽけな人間にも歴史があることに驚きました。私たちは誰もが、そういう潮の流れの中にいるのだと、この本を書いて気づかせてもらいました。

彼らに会わなかったときには戻れないし、本を書き始めなかったときにも戻れなくて、でもその過程全てが、振り返れば幸せに生きる方法だったように思います。だからこの本が書き上がったときには、嵐の後に晴れ上がった空みたいな、明るい気持ちになることが多くなりました。

――木谷さんという患者の潮干狩りに、看護師たちが同行したエピソードは衝撃的でした。そこにあったのは「覚悟」の重みです。患者の命がけの覚悟、家族の覚悟、医療関係者たちの「命を守る」だけでなく「残された時間の〈質〉を守る」覚悟。それぞれにこれほど重いものはない。しかも同行費用はすべて診療所持ちのボランティア。それなのに森山さんは「それ以上の見えない何かを、患者さんからいっぱいもらってきた」といいます。確かに木谷さん家族の一日は奇跡のようでした。でもこの渡辺西賀茂診療所は、このやり方で成り立つのかと、余計な心配を。
佐々 
 私もはじめは不思議だったんです。でも患者全員にこれほどのことをしているわけではないですし、私も森下敬子さんのご一家に同行して、ディズニーランドに行ったときには、お金などには代えられない、何か途轍もないものを受け取ったように思いました。花火に照らされながら、「今日が終わってほしくないなあ」とつぶやきあっていた母子のあの時間を、これからも時折思い出す気がします。

篠崎さんの満開の桜の庭でハープコンサートが行われた日、皆でお茶菓子を食べて談笑して、奥さんが「この人が大好きなんです」と篠崎さんを抱き寄せたことも忘れられません。まもなく愛する人を失うとしても、少なくともそのひと時はもっとも幸福な家族に思えました。

渡辺院長は「患者さんが主人公の劇の観客ではなく、一緒に舞台に上がりたい」といいました。在宅医療を全ての人に推奨しようとは思いませんが、患者さんののぞみに寄り添い、ある意味医療者と患者の枠を越えて同じ時を過ごすことで、家族だけでなく医療者にとっても、いつでもそこに戻ることができる、幸せな思い出が遺されるのだと思うんです。それは仕事を続けていく上での、何よりのモチベーションにもなるでしょう。
1 3 4 5 6
この記事の中でご紹介した本
エンド・オブ・ライフ/集英社インターナショナル
エンド・オブ・ライフ
著 者:佐々 涼子
出版社:集英社インターナショナル
「エンド・オブ・ライフ」は以下からご購入できます
「エンド・オブ・ライフ」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
文学 > 日本文学 > ノンフィクション関連記事
ノンフィクションの関連記事をもっと見る >