佐々涼子インタビュー  生きるということ、幸せの拠り所  『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月21日 / 新聞掲載日:2020年3月20日(第3332号)

佐々涼子インタビュー
生きるということ、幸せの拠り所
『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)刊行を機に

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第5回
命の円環、いつか行く場所

佐々 涼子氏
――お母様の目を「いくらのぞき込んでも正しい答えが出ないのはわかっている。そこに映るのは自分だ」とありました。また、森山さんの言葉に対して「彼の会話は喩えるなら、テニスの壁打ちのようなものだ」と。お二人が亡くなった後も、本書を書く際に繰り返し、お二人と対話されたと思うのですが、それは苦しいものでしたか。
佐々 
 苦しくはないです。ただ対話しているつもりでも、表れてくるのはやはり、自分なんですよね。面と向かって話していても、通じ合っていると思っていても、けして全てを分かるはずがない。死の向こう側をのぞき込みたいと願っても、見えるのは自分が映る鏡でしかない。そのことを自覚する必要があると思っています。でも、ディスコミュニケーションもコミュニケーションで、それでも橋を架けたいと思うし、何とか分かりたいと思っている。分かるはずがないところから、それでも必死にのぞき込む。それが対話の本質だと思っています。

――一つ一つのエピソードが心に残りました。お母さんと蚊の話も胸を突くものでした。
佐々 
 私にとっても強烈な思い出です。人の顔の真ん中に堂々と止まるなんて、蚊がひどく憎かったのですが。私が蚊をはたいたあと、嗚咽をもらした母は、何を思っていたのだろうか、といまでも考えます。でもそのことも含めて、私たちの中には一筋の後悔もない。だからといって、母は幸せでしたなどといわないでいようと思っています。他人を書くというのは難しいことで、気持ちを憶測したり、都合よく意味付けをするのは違うし、かといって気持ちなんて分からないと、遠くに突き放すのでは書き損じる気がします。私は近いところから人を書くタイプなので、より分かったような気持ちにならないように努めています。

――訪問看護についての教科書を作りたいから取材して欲しい、という森山さんの元に、佐々さんは新幹線に乗って何度も会いに行き、その度に雑談やお出かけに付き合うばかり。森山さんは既に看護の現場から離れているし、西洋医学から気持ちが離れている。治るのだと信じ切れない自分を、懸命に信じる方へ向けようとし、一方で来る死を予感して言葉を残そうとする。でも自分の本音に怯えている……。森山さんの本音に辿り着けずに帰り、また呼ばれて会いに出かけていく、それは佐々さんにとって、どんな時間でしたか。
佐々 
 何がいいたいのかとイライラすることもありました。私がそばにいるのは森山さんにとって酷なことなのではないかとも思いました。森山さんが迷っていることを感じて、その間一緒に迷っていました。

私はその頃、「シンドイ、シンドイ」といっていた気がします。でも振り返ると嫌なことは何一つ覚えてないんです。楽しかったことしか覚えていない。母のこともそうです。幸せな思い出しか残っていない。

森山さんは日々をひたすら楽しんで、死を考え続け、いまを生きた。私の取材は森山さんとただただ遊んだ日々でした。そうしながらたくさん学ばせてもらった。森山さんに何度も会いに行って一緒に迷えてよかったと思っています。一緒にいさせてもらえてありがたかったです。

――森山さんは、迷いに迷った最後に、恐怖の正体がはっきり見えた時ほっとしたのだといい、「こういう中途半端な終わり方で、変われなかったのなら、次の世でという気持ち」だと語ります。森山さんの中に、既存の宗教に替わるものが生まれていたような気がしました。
佐々 
 そうですね。それは森山さんの中にもともと埋まっていたものだろうと感じました。長谷寺の本尊を前に、命を助けてくださいとお願いするのではなく一切を委ねる気持ちになったと。「死は終わりではなく、来世への宿題だと思うことにします」といわれたときに、彼は行く場所をみつけたのだと。それは自分が死んでいくことを受け入れる過程で、自然と出てきた、素朴で原初的な信仰だったのではないでしょうか。

――桜の園の篠崎さんの章の最後は、「初夏の訪れを告げる青紫のジャーマンアイリスが咲いていた」という言葉で終っています。これに私は、花が咲く安らぎと同時に、時は止まらないという無慈悲さも感じました。でも本の終わりで、森山さんが「幸せな結婚」というジャーマンアイリスの花言葉を、篠崎さんの奥さんに伝えていたことを知り、風景が全く違うものに見えました。死はそのままだと無ですが、言葉を与える人がいて幸せな記憶になるのだと。
佐々 
 花言葉の話は、篠崎さんの奥さんが思い出したようにしてくれたんです。ジャーマンアイリスを見るたびに、たぶん森山さんのことも、幸せな結婚生活も思い出すだろうと、書いておきたいと思いました。

同時に、季節が巡り毎年同じように花が咲くことに、命の円環を感じました。人は変わっても花は律儀に咲く。篠崎さんのところには今度、お孫さんが出来たそうです。

――お父さんの亡くなる夜に、オール(ナイト)でギターをかき鳴らしていた、息子さんにお子さんが。
佐々 
 そうです(笑)。物語は終わらずに、続いているんですよね。私もいずれどこかに行くでしょうが、次の命が咲くのだと思うと、人と出会い別れるということが自然なこととして受け入れられる。準備が出来てくるとはこういうことなのかな、と思ったりしています。
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この記事の中でご紹介した本
エンド・オブ・ライフ/集英社インターナショナル
エンド・オブ・ライフ
著 者:佐々 涼子
出版社:集英社インターナショナル
「エンド・オブ・ライフ」は以下からご購入できます
「エンド・オブ・ライフ」出版社のホームページはこちら
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