サイレント映画の黄金時代 書評|ケヴィン・ブラウンロウ(国書刊行会 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月28日 / 新聞掲載日:2020年3月27日(第3333号)

サイレント映画の黄金時代 書評
素晴らしき偏愛の書
忘れ去られがちな職種にまで目を向ける

サイレント映画の黄金時代
著 者:ケヴィン・ブラウンロウ
翻訳者:宮本 高晴
出版社:国書刊行会
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 ケヴィン・ブラウンロウの『サイレント映画の黄金時代』は全四七章からなる大部の書物で、著者による多数の映画人へのインタビューに基づいて、アメリカを中心とするサイレント期の映画製作の実情を語っている。本書は映画の発明とハリウッドの成立に始まり、トーキーの到来で締め括られており、出だしと終わりは映画史の書物という形式を備えている。だが、中間部は時系列に沿うことなく、監督、キャメラマン、編集、スター、製作者といった映画作りの様々な職種をひとつずつ取り上げている。スタントマンや小道具方といった、ともすると忘れ去られがちな職種にまで目を向けているのが良く、この本の重要な美点のひとつだ。多くの場合、これらの記述はそれぞれの職種の一般的な考察の後、代表的な映画人を具体例として挙げている。

具体例の人選が特徴的だ。監督としては、D・W・グリフィスやアラン・ドワン、ヘンリー・キング等にそれぞれ独立した章があてられている。エリッヒ・フォン・シュトロハイムの章が不当にも存在しないことは著者自身も自覚し、監督にインタビューできなかったことと、「作品に何か新たな光を当てることができない」(一四頁)ことを理由として挙げている。著者はシュトロハイムへの尊敬を決して忘れないようだが、それでも彼と製作者のアーヴィング・タルバーグとの衝突を語る時、むしろタルバーグ寄りの姿勢を示している。著者はエルンスト・ルビッチも単独では取り上げない。メリー・ピックフォードに、「ルビッチも大っ嫌い!」(一五八頁)だとか、「凡庸な監督でしたね。[…]とても傲慢な人間でしたよ。小男がみなそうであるように」(一六四頁)等と悪口を延々と語らせる時、著者はルビッチを擁護する素振りも見せない。著者はジョン・フォードにも、ハワード・ホークスにも、ラオール・ウォルシュにも、キング・ヴィダーにもほとんど興味を持っていないようだ。

けれども、こうしたことを理由に、この書物は読むに値しないと判断するのは早計である。この本は映画の教科書を目指したものではなく、偏愛の書物であり、その偏りにこそ、著者の映画への愛と情熱が横溢しているからだ。著者はヨーロッパ映画にも二つの章を割いているが、そのうちのひとつはアベル・ガンス一人に捧げられており、それだけで本全体の十分の一近くを占める。ガンスが偉大な監督であることは間違いない。だが、これは今の読者のみならず、原著が出版された一九六八年の読者にとっても明らかにいびつな構成だった。もうひとつだけ例を挙げよう。本書はスターを論じながら、ジェラルディン・ファラー、グロリア・スワンソン、ベティ・ブライスという三人の女優にそれぞれ独立した章をあてる。そしてこのうち最も有名なスワンソンを取り上げた章では、そのほとんどが、ジャック・コンウェイの『すべてを信じることはできない』の一場面における彼女の演技に捧げられているのだ。全体のバランスを考慮しないこと、特定の細部にこだわること、これら全てが愛と情熱のしるしとなる。ここで愛とは、プラトンの『饗宴』が示すような、人をイデアへ導こうとするエロスとしての愛ではない。根本において非論理的な倒錯の愛である。その意味で、『サイレント映画の黄金時代』は映画愛の書物なのだ。

最後に、映画人の重要な証言を二つ挙げておこう。著者はジョゼフ・フォン・スタンバーグを偏屈な人物として描いているが、それでも、「私の映画に本物らしさというものは存在しない。そんなものは片鱗すらもない」(二四六頁)といった、インタビューにおけるスタンバーグの発言の重みは全く変わらない。また、「要はタイミング。感情なんて何の意味もありはしない」(四一二頁)と、インタビューで語るルイーズ・ブルックスの演技観も必読である。アメリカのサイレント映画を支えたこうした映画人のなまの言葉を通じて、読者は多くのものを得るだろう。
この記事の中でご紹介した本
サイレント映画の黄金時代/国書刊行会
サイレント映画の黄金時代
著 者:ケヴィン・ブラウンロウ
翻訳者:宮本 高晴
出版社:国書刊行会
「サイレント映画の黄金時代」は以下からご購入できます
「サイレント映画の黄金時代」出版社のホームページはこちら
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