離人小説集 書評|鈴木 創士(幻戯書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月28日 / 新聞掲載日:2020年3月27日(第3333号)

離人小説集 書評
限界状況に見舞われた者たちの独白
ストーンズでいうなら『サタニック・マジェスティーズ』

離人小説集
著 者:鈴木 創士
出版社:幻戯書房
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離人小説集(鈴木 創士)幻戯書房
離人小説集
鈴木 創士
幻戯書房
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 わたしの世代のフランス語専門家はみな秀才ぞろいで、日本に戻っていい就職口を見つけるため、パリでひたすら論文を書くことしかしないというタイプばかりだった。ただ一人だけ不良が混じっていた。鈴木創士である。鈴木は帰国すると生田耕作の門を潜り、みごとに破門されると、セリーヌやソレルスを精力的に翻訳した。とりわけランボー。彼はランボーを、まるでミック・ジャガーが歌っているかのごとき日本語に直した。
『離人小説集』はその鈴木の手になる短編集である。内田百閒、稲垣足穂からランボー、アルトーまで、文学の正統なる観念を大きく踏み外した詩人・小説家を主人公に、七つの短編が収められている。一読してわたしは感想を抱いた。ああ、これはストーンズでいうならば、『サタニック・マジェスティーズ』に相当する作品集だなあ。

離人とは魂が身体から離脱し、外部から自分を見つめていることである。強い譫妄状態に陥ったり、死に直面しているといった限界状態にあるとき、人はそれを体験することがある。収録された短編は、いずれも何らかの意味でこの限界状況に見舞われた者の独白からなっている。わたしがとりわけ興味深く思ったのが、「アデマの冬」と呼ばれる短編であった。こいつが難物で、いくたびか読み直したのだが、どうもよくわからない。だがそれゆえに本集の核をなしているように思えるので、以下に少し詳しく書いておきたい。

「アデマの冬」は一見ベケットの小説のように始まる。語り手は記憶喪失なのか、狂気なのか。たぶんどちらかなのだろう。どうやら汚れたままの恰好であちこちを放浪している人物のようである。ただ彼がどこにいるのかが、よくわからない。モスクワの空港だったり、ヨーロッパのある町から家に帰る途中だったり、中世のパドヴァだったり、非連続なままに場所が変わっていく。スイカズラ、スミレ、ハマナス…。行く先々で季節外れの花々が匂うその地は、表題にあるようにアデマなのだろうか。いや、そんな町はどこにもなかったと、語り手はたちどころに打ち消してしまう。彼は家に戻ろうとしている。だがドイツ表現派の映画セットのような帰り道の風景は、いつまで歩いても家には到達できない。そのたびごとにエクリチュールは元に引き戻されてしまい、読者はシジフォスのように、同じ帰路をいくたびも辿ることになる。

やがて語り手の思念のなかに、排泄物への拘泥が見え隠れしてくる。このあたりまで来て、ようやく彼の現在位置が朧げに推測できるようになる。彼は夢を見ていて、まさに醒めようとする夢の、最後の部分に差しかかっているのだ。

夜の闇にはいくつもの層があり、じっと目を凝らしていると、闇のなかに幻想の奥行のようなものが横たわっていることがわかる。これはかつて埴谷雄高の『死霊』の登場人物たちが迷い込んでいた世界かもしれない。奇妙な風味の幻想短編集を読んだという気がした。
この記事の中でご紹介した本
離人小説集/幻戯書房
離人小説集
著 者:鈴木 創士
出版社:幻戯書房
「離人小説集」は以下からご購入できます
「離人小説集」出版社のホームページはこちら
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