ブロニスワフ・ピウスツキ伝 〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人 書評|沢田 和彦(成文社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月28日 / 新聞掲載日:2020年3月27日(第3333号)

ブロニスワフ・ピウスツキ伝 〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人 書評
ピウスツキを顕彰する国際的な機運
不思議な陰影、複雑なドラマが浮かび上がる

ブロニスワフ・ピウスツキ伝 〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人
著 者:沢田 和彦
出版社:成文社
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 ブロニスワフ・ピウスツキはアイヌ研究で知られるポーランド人の民族学者である。ロシア統治下のリトアニアに生まれ、ツァーリ暗殺を計画する革命家のグループに与した罪を問われてサハリンに流刑となり、その地でニブフ(本書では旧称ギリヤークが用いられる)やアイヌなどの原住民の生活に関心を持った。その後、日本、アメリカを経て、ヨーロッパを転々する数奇な生涯を送る。弟のユゼフの指導する新生ポーランドが久しく失われていた国家の独立を達成するのは、ピウスツキが大戦下のパリで自死してからわずか半年後のことだった。

ピウスツキの名前は今年度の直木賞を受賞した川越宗一の『熱源』によって広く読書人の話題に上った。その背景には彼を顕彰する機運が国際的な研究者のネットワークの間で高まってきたことがあり、沢田和彦氏はその立役者の一人といえる。ポーランド、サハリン、日本などの世界各地に残された資料を丹念に調査して書き上げられたのが、ここに紹介する『ブロニスワフ・ピウスツキ伝』なのである。

小説『熱源』は学究肌の人物をあえてハードボイルドな熱血漢として描くことで感動的な物語を提示した。それに対して沢田の伝記はフィクションを排し、記録に基づいて実像に迫るのだが、そうするとピウスツキの人物像にある種の不思議な陰影が浮かび出すのが興味深い。ここではその例として、先住民族と日本人に主人公が抱いた関心について見よう。

ピウスツキがサハリンの先住民族によりそうような共感を示したのは、彼自身がロシア帝国に支配されたリトアニア・ポーランドの出身だからというのはわかりやすい。実際、ニブフやアイヌの生活向上、教育や医療の支援を熱心に行っている。その一方で先住民族の生活や言語文化は知的な関心の対象でもあり、その学術的な功績のおかげで流刑地サハリンから「脱出」することができたといえる。さらにピウスツキに恋愛抒情詩を捧げたというニブフの少女ヴニトや、結婚して子供までもうけたアイヌ女性チュフサンマなどのように、先住民族はロマンスの相手でもありえた。このような位相の異なる動機や関心がピウスツキの中で混然一体となっており、明確な線を引いて区別することができないように感じられるのだ。

ピウスツキの半年あまりの日本滞在についても同じことが観察できる。ここは日露交流史の大家である沢田氏の力量がもっとも発揮された部分であろう。遍歴の民族学者は日本社会の様々な側面に興味を示しながら、とりわけ女性の問題を熱心に取材している。日本の女性に向けたピウスツキのまなざしには、社会主義や婦人解放運動への共感と人類学的な関心が入り混じり、おそらくはロマンスへの希求とも無縁ではない。その点で注目されるのが当時の先端技術であった写真である。ピウスツキは、音楽家の橘糸重や中国の留学生で革命運動に関わった呉弱男といった女性に会った際に彼女たちの写真を所望している。当時の社会で女性が肖像写真を贈るという行為は、かなり親密な間柄でなければありえなかっただろうことは本書でも指摘されている。写真を収集する動機が何であったかはっきりしていない以上、沢田氏は余計な推測を重ねることはしていない。ただし流刑地サハリンでの生活を扱った章で紹介されているように、そもそもピウスツキが撮影技術を学んだのは民族学調査に用いるためであった。ここでもアジアの女性に対する関心の中に、社会的弱者との連帯、学術調査という狙い、そしてセクシャルな欲望とがひとつに解け合っているのではないか。

ピウスツキの伝記から読み取れるのは、帝政ロシアの権力に対する憎悪と恐怖、遠い故郷を思う寂しさと異郷への憧れ、社交性と憂鬱といった複雑な性格のドラマなのである。沢田氏の渉猟した豊かな資料の海から浮かび上がる豊かな人間性こそが本書の醍醐味であろう。
この記事の中でご紹介した本
ブロニスワフ・ピウスツキ伝 〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人/成文社
ブロニスワフ・ピウスツキ伝 〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人
著 者:沢田 和彦
出版社:成文社
「ブロニスワフ・ピウスツキ伝 〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人」は以下からご購入できます
「ブロニスワフ・ピウスツキ伝 〈アイヌ王〉と呼ばれたポーランド人」出版社のホームページはこちら
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