台湾男子簡阿淘(チェンアタオ) 書評|葉石 濤(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月28日 / 新聞掲載日:2020年3月27日(第3333号)

台湾男子簡阿淘(チェンアタオ) 書評
その人生の歴程は台湾現代史そのもの
歴史を描きながら、常に人間に眼差しが注がれる

台湾男子簡阿淘(チェンアタオ)
著 者:葉石 濤
翻訳者:西田 勝
出版社:法政大学出版局
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 台湾文学の代表的作家の一人である葉石濤は、一九二五年日本の植民地統治下の台湾南部に生まれた。その人生の歴程は台湾現代史そのものであり、作品にもそれが色濃く表現されている。皇国青年、マルクス主義者、自由主義者へと政治姿勢が変わり、また文学言語が日本語から中国語へと、作風がロマン主義からリアリズムへと変化しているように見えて、実は台湾人であるアイデンティティは一貫して揺らぎがない。どのような時代や歴史的条件に制約されても、葉石濤の作品を貫いているのは物語を叙述する主体性である。それがどれだけ主観的であっても、その主観がある限り、主体性は成立する。

本書は国民党独裁を象徴する戒厳令が解除された一九八七年前後、数年間に書かれた葉石濤の十篇の短篇小説を訳出したもので、うち八篇は同じ主人公簡阿淘が登場する連作である。描かれる時代は日本の敗戦によって植民地統治が終了し、国民党政府が台湾を接収して間もなく起きた民衆蜂起の二二八事件から、一九五〇年代の国民党政府による血の弾圧までの十数年である。実はこの時期は、一八九五年日本の植民地統治開始と並ぶ台湾現代史のもうひとつの転換点である。清朝政府が台湾を日本へ割譲したことで始まる植民地統治によって、中国の伝統文化から帝国の近代へと適応を迫られた台湾の漢族は、一九四五年を境に今度は中華民国の近代への適応を迫られる。この複雑な歴史は本書の作品の中でも、国民党政府に抵抗する左派が日本語によって活動を展開する場面などに象徴的に表れている。

この短篇小説集と同時代の映画『悲情城市』(一九八九)に似て、植民地統治終了によって膨らむ祖国中国への大きな期待が、国民党による血の弾圧となって返ってきた時代を描くことから連作の物語が始まる。主人公は理想に殉じる人々と行動を共にしながら、自らも獄に囚われ、釈放後も特務の監視の下で苦しい生活を続ける。ただ、作者の狙いは歴史の大河を描くことより、その中を歩む台湾の市井の人々、特に故郷台南の人々の夢、挫折、裏切り、失意、秘かな愛、友情など、一人一人の人生や思いを描くことにあるように思う。葉石濤の小説の魅力は、歴史を描いているように見えても、常に人間に眼差しが注がれている点にある。

例えば、本書収録の佳作「豚の皮を食べる日々」では、台南の町や暮らしの詳細な描写と共に、台湾共産党との関係を疑われて獄に囚われた主人公の釈放後の失意の姿から物語が始まる。深夜の屋台で酒を飲んで憂さを晴らす主人公は、勘定が破格に安いことを怪訝に思いながら帰路に就く。見送ってくれた屋台の主人の娘は、実は主人公がかつて小学校教師を務めていた時の教え子であった。最後に逆に教え子から諭されるところで小説は終わる。こうした物語は作者葉石濤の実体験に基づいていると言われ、私小説のように読む人もいる。だが、人生を物語化する時、記憶が個人のものであり、歴史が集団のものであると切り分けることはできない。記憶と歴史の紐帯と断絶を叙述戦略にすることが必要だからだ。また、そもそも人の記憶は思い出される過程で整合されてフィクションになる。台湾では一九八〇年代以降、言論の自由が回復するにつれて、激動の歴史を生き抜いた経験をフィクション化することで、過去の歴史と向き合おうとする作品が続出するが、本書はその中の成功した一冊と言えよう。

なお散見する誤訳は重版が出れば修正されることを希望する。
この記事の中でご紹介した本
台湾男子簡阿淘(チェンアタオ)/法政大学出版局
台湾男子簡阿淘(チェンアタオ)
著 者:葉石 濤
翻訳者:西田 勝
出版社:法政大学出版局
「台湾男子簡阿淘(チェンアタオ)」は以下からご購入できます
「台湾男子簡阿淘(チェンアタオ)」出版社のホームページはこちら
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葉石 濤
葉石 濤(イエ・シータオ)作家・評論家。
1925年11月1日-2008年12月11日。日本統治下の台南市の小地主の家に生まれた。早熟で公学校高学年から近代日本文学に親しみ、同時にフランス文学やロシア文学にも興味を持った。自身も小説が書きたくなって中央の雑誌に投稿を試み、1943年3月、若くして『林からの手紙』で文壇にデビューした。敗戦を日本帝国陸軍二等兵として迎えるが、1951年秋、台湾共産党との関係を疑われ、3年に及ぶ獄中生活を送る。出獄後、ボイラーマンなどの職種を転々とした末、小学校教員に復職した。十数年の空白期を経て著作活動を再開、創作を発表するほか、1970年代における郷土文学論争の主要な論客の一人となった。戒厳令が解除されると、その自由の中で日本統治時代及び白色テロ時代の体験を素材にした小説を書き始め、また先住民を素材にした作品も発表した。本書もその一つ。主要著作としては、それ以外、短篇小説集『葫芦巷春夢』及び『異族的婚礼』、『台湾文学史綱』などがある。生前、『葉石涛全集』全20巻が刊行された。また「中華文芸協会文芸論評奨」・「国家文芸奨」など多くの賞を得ている。没後、台南市に「葉石涛文学記念館」が建設された。
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