「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ 書評|長島 有里枝(大福書林)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年3月28日 / 新聞掲載日:2020年3月27日(第3333号)

「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ 書評
「女の子写真」ブームを 鋭いメスで腑分けする

「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ
著 者:長島 有里枝
出版社:大福書林
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 「女の子写真」ブームを巻き起こしたひとりと見なされてきた長島有里枝による反論と異議申し立ての書である。彼女の当時の作品から、後にこのような大著を著す姿をだれが想像できただろう。制作の手法やコンセプトが正しく伝わることなく、単にトレンドづくりに利用された屈辱と怒りは熾火のように燃えつづけ、その「苦々しい気持に整理をつけ、失った自尊心を当然あるべき状態にまで回復したい」がために彼女は周到な準備をする。大学院に入り、論理的分析を身につけて修士論文を書き上げると、四年かけてそれに改稿を加えた。こうしてブームから三十数年を経て、満を持して本書を出したことは、あっぱれと言うしかない。

「女の子写真」という言葉は若手女性写真家の作品を集めた写真集『シャッター&ラヴ』のなかで編者の写真評論家・飯沢耕太郎が使ったのが、活字になった最初だという。以後、この言葉はひとつのカテゴリーとして独り歩きし、さまざまな雑誌が特集を組み、身近な被写体をコンパクトカメラで撮ったり、セルフヌードを写したりということが若い女性の間で流行し、日本写真史のひとつの潮流として海外にまでその名が波及した。

これが流布したいきさつと背後の状況をフェミニズムのコンテクストにそって鋭く批判していく。まず「女の子写真」以前に女性写真家の活動が評価されつつあったことに言及、決して突発的な動きでなかったと指摘する。またカメラの性能が上がって小型化したことを女性の写真家の登場に結びつける物言いは、女性への先入観に基づいていると糾弾、動きの背景に一九九〇年代に欧米を中心にはじまった第三波のフェミニズムがあったはずだと問いかける。 論旨の展開には先行するフェミニズム研究の論文を取上げ、ブームに加担した論者の発言を用いるには逐次引用元を明らかにするなど、曖昧さを配した論理的態度が貫かれている。

読み終えて思ったことがいくつかある。ひとつは評論家とはどのような存在なのか、という根本的なことだ。表現者は自分のおこなおうとすることを言葉で理解し整理したあげくに制作に入るわけではない。アイデアを行為を通して確かめつつ、自問自答を繰り返し創り上げていく。

評論家はその結果である作品を、言葉で考え、分析し、社会や時代の動きとつなげて論じる。ときには複数の表現からある傾向を抽出し、それを括る言葉をあてがいもする。いわば花火を上げるように概念化によって世間の耳目を集め、打ち上げがうまくいくとマスコミが飛びつき、ひとつの潮流が生れるというのが、評論活動に私が抱く大雑把なイメージなのだ。

「女の子写真」はその典型だったわけだが、ふたつのねじれがそれに影響したように思う。ひとつは、ブームの担い手が二〇代前半と若かったにもかかわらず、論じた側がそれより遥かに上の世代だったことである。長島が言うように先行する女性写真家の活動はたしかにあったが、長島、ヒロミックス、蜷川実花など、「女の子写真」として目された写真家の作品はそれらとはがらりと印象がちがっていた。当時の自分自身を思い返しても、この一見ノンシャランな雰囲気の写真をどう言葉にしたらいいかと腕組みしたものである。

そのように世間に驚きと戸惑いをもたらした動きを、先行世代が自分の感覚だけに頼って言葉にしたのが「女の子写真」という概念だったのではないか。その結果、彼らの活動は矮小化され、とくに長島の作品については大きな誤解を生じさせることになった。

もうひとつはこのときに発言力をもったのが男性論者だったことである。女性たちの写真行為を下支えしていた時代の意識や感覚に想像を馳せることなく、ファンタジーだけで言葉が創出された。もしもこれが男性写真家が中心の動きだったらあり得ないほどの脇の甘さだったのである。

そのような表層的な理解によって生み出されたにもかかわらず、多くの雑誌が「女の子写真」の特集を組み、野火のごとく広がって女子高校生がカメラを持ち歩いて撮るという光景をそこかしこで目にするようになった。振り返ってみると、世間の側にもこの風潮を受容する下地があったと思わざるを得ない。

もし同じようなブームが文芸の世界で起きたら、これほどフォロワーを生んだり、大きな潮流になったりしただろうか。対象物を機械を使って切り取るという写真の直接性が、ブームを拡大させたことは否定できない。

また、これは日本に顕著な傾向のように思うが、写真に芸能的性格がまとわりつくことが多く、ハイアートとは異なる大衆的な要素がそなわると、写真が世相を動かす力になる。このときその役を担ったのは「セルフヌード」だったのだろう。彼女たちがどういう意志でそれを撮ったか、ヌード写真がどのような歴史性をもっているかを考慮することなく、彼女たちの「屈託のなさ」だけが強調され、自由を謳歌してナルシズムに浸っているかのような雰囲気が広まってしまった。

しかもブームがおきたのがバブル経済期と重なったことが、「軽み」をより印象づけることになった。彼らより少しは貧しさを経験していると自負する「僕ら」からすると、気軽に物を消費して、屈託なく振る舞っているかに見える「女の子たち」はまぶしい存在だったにちがいなく、それを揶揄したり逆にうらやんだりする気配が「女の子写真」という呼称には臭うのである。

また携帯電話やパソコンなど、パーソナルな雰囲気をまとった機器が出まわるとば口に当たったことも、「『半径五メートル以内』の被写体を撮る」というような物言いに思わずうなずいてしまうような状況をつくったかもしれない。

言うまでもなく、物事を括り、区分けするには慎重でなければならない。表現は括られるために存在するのではないし、括られたとたんに言葉が上位に立つことは避けられないのだから。評論家は複数の表現者をカテゴライズし標識を立てて見えやすくするということをよくおこなう。果たしてこれは必要なことなのかと疑わしく思うと同時に、言葉の人間にとってそれがひとつの誘惑となるのも理解できるのであり、それならば標識を立てるのに当事者に取材してその声を聞くことは最低限のルールだろう。評論するには作品とのみ向き合うべきで、作者に話を聞くのは外道だとみなす風潮があることは、どうにも解せないのである。
この記事の中でご紹介した本
「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ/大福書林
「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ
著 者:長島 有里枝
出版社:大福書林
「「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ」は以下からご購入できます
「「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ」出版社のホームページはこちら
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