対談=大澤 聡×與那覇 潤  歴史喪失のあとに〈歴史〉を取り戻す  『荒れ野の六十年』(勉誠出版)『歴史がおわるまえに』(亜紀書房)をめぐって|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年3月29日 / 新聞掲載日:2020年3月27日(第3333号)

対談=大澤 聡×與那覇 潤
歴史喪失のあとに〈歴史〉を取り戻す
『荒れ野の六十年』(勉誠出版)『歴史がおわるまえに』(亜紀書房)をめぐって

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日本近現代史を研究する與那覇潤氏が、『歴史がおわるまえに』(亜紀書房)と『荒れ野の六十年 東アジア世界の歴史地政学』(勉誠出版)の二冊を刊行した。與那覇氏は重度のうつ状態のため、一時期、本を読むことさえままならない状況に陥っていた。二〇一八年に『知性は死なない 平成の鬱をこえて』(文藝春秋)を上梓し〈復活〉を遂げた。新著二冊をめぐり、旧知の批評家であり近畿大学准教授の大澤聡氏と対談してもらった。(編集部)
第1回
教養主義の崩壊

大澤 聡氏

大澤 
新刊『荒れ野の六十年』には、二〇〇八年から二〇一五年のあいだに発表された学術的な論文が収録されています。これを読むと、與那覇さんが歴史と現在をブリッジする中で思考することに大きな可能性を見出していたことがよくわかります。けれど、姉妹編『歴史がおわるまえに』の最後のパートには「歴史学者廃業記」と題された、二〇一八年の復帰直後のスキャンダラスなテキストが収録されていて、かつてのそんなスタンスはもうやめるのだと宣言している。これは與那覇さん個人の内的な変化なのか、それとももっと大きく社会的な変化によるものなのか。おそらくセンシティブな與那覇さんの感性が後者を前者に直流させてしまったんだろうと察しますが、このあたりを対話できたらと思います。

『荒れ野の六十年』の「まえがき」で、私の『教養主義のリハビリテーション』〔以下『教養主義』と略=編集部〕に出てくる「ポストヒストリー」論を援用してくださっていますが、あの本が出たのと「歴史学者廃業記」がウェブサイトにアップされたのとがちょうど同じ時期で、いちいち首肯しながら拝読したのを覚えています。

歴史を積み上げた先で自分たちの存在についてどう考えるかが教養主義のポイントだと仮に定式化するなら、近年はそうした構えは完全に失効しました。教養本がどれだけ流行ろうとそれは別問題です。とりわけここ五、六年、ちょうど與那覇さんが充電なさっていた期間のメディア環境の変化に由来してもいるはずです。SNSが人びとの判断や思考のプラットフォームになった結果、ストックではなくフローですべてを捉えるモデルに切り替わった。「今・ここ」しかない。深層や奥行きの発見が「近代」であり「教養主義」であり「歴史」であり「人間」であるとすれば、新たなメディア環境はそれらをのっぺりとフラットに均してしまいました。ピンポイントでたまたま拾い上げた情報だけをたよりに考える。そんな「歴史なき歴史観」について、「ポストヒストリー」という言葉をあてがってみたわけです。
與那覇 
病気の前にツイッターで感じたのは、歴史云々以前に「遡る」という営為自体が失われていることでした。続きもののツイートなのだから、元まで辿ればすぐわかるのに、「何についての話?」と発信者に聞いてしまう。病気が縁で知りあった若い世代と話すと、LINEでもそうらしい。自分で画面をスクロールして情報を得るのではなく、「いまバイト終わり。どこの店に集まってるの?」と聞いちゃった方が早いと。

『教養主義』の第四章では、どうせネットに載っているから「後で調べればいい」とする態度を、それだと結局後でも調べないと批判していますね。ぼくには「授業中に電子辞書を引くヤツは絶対に伸びない」という経験則があるんですが(笑)、あれは知らない用語が辞書に「載っていた」時点で安心して、記述を読まないからです。自分が欲するタイミングで「聞けば/引けば」答えは返ってくるものだと。そうした感覚がデフォルトになった結果、対話の相手とリズムや時間を同期させる必要を感じなくなった。それが歴史喪失の背景ではないですか。
大澤 
そう、擬似的な同期ばかりで実際の同期ができなくなった。五、六年前までは、九〇分間の講義の中で、前半の話を後半でがらりと引っくり返す驚きを体験してもらうとか、あちこちに伏線をはっておいて最後に根こそぎ回収していくとか、構成を工夫したものですが、前半部や伏線部しか聞いていない学生もいて、コメントカードやテストで正反対のことを記述してしまう。これは困ったということで、一五分完結のユニットを五つ六つ展開するオムニバス形式に切り替えました。教員である私自身が教養主義の崩壊を加速させていやしないかと悩みもしますが、大学一、二年生にはそうせざるをえないのが中堅私大の現状です。
與那覇 
サプリ化しないと知識が伝わらないので、学生の前で教師が「物語」を演じることができなくなったと。
大澤 
高校生のときに使ったであろう学習系の講義動画も数分のワントピック解説が多く、弱点をピンポイントで克服する形式になっています。まさにサプリを摂取するように受験勉強する。
與那覇 
ユーチューブでは短時間の動画ほど見られやすいし、SNSでバズらせるにはさらにそれを細切れにする。プラットフォーム自体が反物語、反歴史的に設計されていますよね。
大澤 
トータルの視聴回数を稼ぐには細かく分割した方が得策という事情も。あらゆる発想がそうなりつつありますね。反物語的に断片化していく。そして、動画サイトが思考のリズムを決定してしまう。

となると、戦略を変えるしかありません。たとえば私の講義で言えば、六つのトピックスは一見ばらばらに見えるのだけれど、よく聞けばじつは因果関係にあったり、部分的な共通点を持っていたり、構造的に相似関係になっていたりする。パズルを組み合わせるように、自分なりにコンテクストを編み上げてくれることに期待して、繋がりはあえて自己解説しません。そういうところからリハビリしてもらうしかない。
與那覇 
コミュニケーションのサプリ化で「困るのは(元)歴史学者だけだ。私は別に関係ない」と感じる読者もいるでしょうが、そうでもないんです。一定の時間の幅のなかで、首尾一貫した「筋」を通すことで物事を理解する態度が薄らぐと、実は「現在」に対しても全体像を把握できない。その時ごとの「旬の話題と解決策」に飛びつく結果、相互に矛盾が生じても気づくことができず、「原子力も二酸化炭素(=火力)もゼロにしろ」みたいなことを平気で言える大人になってしまう。
大澤 
個別のトピックを全体の中に位置付けられない、と。
與那覇 
大澤さんもぼくもテレビの討論番組に出ましたけど、驚くのは「それはさておき」のように文脈を切って、いきなり本人の専門や話したいトピックに持っていく出演者が多い。ここまでの議論の流れを踏まえて、接続すると……といった作業をスキップして、即「プレゼン」に入っちゃう。
大澤 
討論よりも、視聴者に有益な情報を単発的に提供することが専門家の責務だと考えているわけでしょう。『教養主義』の中では「対話的教養」と表現しましたが、相手の発言を引き取って自分のジャンルに繋げる面白さを私たちは歴史に学んだわけですね。けれど、今となってはそんなまどろっこしい作業は無用で、あらかじめ準備しておいた弾の発射ボタンをいつ押すかだけが関心事になる。ラップのフリースタイルバトルでいう「ネタくさい」というやつです。

『歴史がおわるまえに』では、流行りの歴史小説に「具体的な描写がない」と指摘されています。ここも『教養主義』第四章につながるところです。細部の描写はどうだっていい、それよりも偉大な固有名さえあればいい。容姿や風景は読者がそれぞれに想像力で補塡すればよいのであって、作品がそこまで限定する必要はない。むしろ示すと読者の空想との間で齟齬を起こしてしまう。それで、描写を排除してモジュールだけで構成するわけでしょう。実際はスキルがないだけなんだろうけど。でも、それが売れてしまう。近代の表現者たちが一三〇年を費やして苦闘してきた蓄積は一体なんだったんだろうと愕然とします。見立てだけで勝負するという意味では、近世以前に回帰しているといってもいい。
與那覇 
『中国化する日本』の文庫版に収録した、宇野常寛さんとの対談では「歴史意識の歌舞伎化」と表現しました。「織田信長の決断力」とか「坂本龍馬の雄大な構想」とか、予め読者が期待している「見得」をいかに切るかだけが注目される。
大澤 
専門家が文脈抜きで発射ボタンを押したり、講義動画でわかりやすい部分を最短距離で解説したりするのも、まさに「かぶく」ということですね。最大瞬間風速を出せる場面でだけかぶいて、ドヤる(笑)。
與那覇 
だから「コミンテルンの陰謀」や「WGIPで洗脳」は史実に基づかない見得ですが、史実に即して見得を切るのがそんなに偉いんですかという話も出てくる。歴史が歌舞伎の等価物になるなら、「実証的な忠臣蔵」なんて別に見たくない(笑)。
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この記事の中でご紹介した本
荒れ野の六十年―東アジア世界の歴史地政学/勉誠出版
荒れ野の六十年―東アジア世界の歴史地政学
著 者:與那覇 潤
出版社:勉誠出版
「荒れ野の六十年―東アジア世界の歴史地政学」は以下からご購入できます
歴史がおわるまえに/亜紀書房
歴史がおわるまえに
著 者:與那覇 潤
出版社:亜紀書房
「歴史がおわるまえに」は以下からご購入できます
「歴史がおわるまえに」出版社のホームページはこちら
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