語りきれないこと 危機と傷みの哲学 書評|鷲田 清一(KADOKAWA)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2020年4月4日

語りきれないこと 危機と傷みの哲学

語りきれないこと 危機と傷みの哲学
著 者:鷲田 清一
出版社:KADOKAWA
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東日本大震災から八年が経った。当時私は小学五年生だった。私の中で、当時の記憶は徐々に薄れつつある。この本は、東日本大震災が発生して間もない頃に書かれたものだ。当時を振り返る意味も込めて、本書を手に取った。

本書は、東日本大震災における社会問題に着想を得て書かれた。しかしここで扱われているのは、震災直後だけでなく、わたしたちの日常生活が以前と形を変えているという、いままさにわたしたちが直面している問題そのものだ。東日本大震災は、日本社会を見つめ直す契機となった。

一章は、震災後の「言葉」や「語り」について、例えば、被災者の記憶の語り直しを例に挙げ、それを手助けするための傾聴についてなど、著者の考えが縦横に書かれている。

二章「命の世話」では、中でも私が心にとめた部分を紹介する。

かつての地域社会は、職住が近接し、営業労働が中心にあった。子どもたちは大人が働くのを見ており、大人もまた子どもたちの行動を見守ることのできる場所であった。地域社会を構成するご近所はみな顔見知りで、誰かが体調を崩したり、何か悩んでいたりすれば、すぐに周りが気付いた。生活環境としては、道路は舗装されておらず、住民は、川に流れ込む水のろ過方法などの知識も持っていた。自然の中で、地域一体となって生活を送っていたのだ。

しかし現在では、地域内での交流が薄れている。工業が発達して川の水は汚くなり、水のろ過は専門業者に任せることが当たり前になった。また生きる上で省くことのできない営み、食と排泄、保育と教育、治療と介助と看取りなども、かつては家族や地域の相互ケアで行ってきたが、近代は、そうした「命の世話」をプロフェッショナルに任せる仕組みとなっている。この変化は、戦後の都市計画でベッドタウンができたことが関係している。人間によって操られた環境の中で、社会性のない私的な生活に閉じていったのだ。

このように変化した社会の中で、東日本大震災は発生した。そして私たちは、変化の負の側面を目の当たりにすることとなった。人びとは川の水のろ過方法も知らず、水を得るためにはライフラインの復旧を待つことしかできなかった。東北地方にはまだ地域のつながりが残っていたが、これが隣の家の人の顔も知らないような都市部であったら、互いに心の内を話すこともできず、より精神的に辛かったであろう。

社会の変化によって、わたしたちに求められる対話のかたちも変わった。三章では「言葉の世話」というタイトルで、このように変化した社会の中で求められる対話のかたちについて書かれている。顔見知り同士では、細かい説明が水臭いと考えられるような、お互いを知っていること前提で交される対話だった。しかし現在は、お互いに出身も職業も知らない中で、相手に深く踏み込まないまま、ともに直面していることについて対話していくことが求められるようになった。

日本人どうしだけではない。グローバル化が叫ばれるいま、日本では東京オリンピックや大阪万博の誘致、さらには入管法改正によって、これまでよりもっと多くの外国人が日本を訪れる。インターネット技術が進み、5Gの提供開始によって、世界中の通信がより加速する。そんななか、まさにいまわたしたちに求められているのが、差異を認めて、見知らぬままでも対話ができる能力ではないだろうか。

これからあなたが生活をしていく中で、これまでよりさらに多くの見知らぬ他者と触れ合うことになる。知っている人であっても完全に意思を伝えるのは難しいのに、見知らぬ人との対話は、より難しいと私も思っている。でも本書には、そんな世の中でも対話をするためのヒントが詰まっている。この本は、これからの時代のあなたの不安を拭い去ってくれるだろう。
この記事の中でご紹介した本
語りきれないこと 危機と傷みの哲学/KADOKAWA
語りきれないこと 危機と傷みの哲学
著 者:鷲田 清一
出版社:KADOKAWA
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