文芸 〈四月〉 荒木 優太 さくらさくバード 砂川文次「臆病な都市」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年4月3日 / 新聞掲載日:2020年4月3日(第3334号)

文芸 〈四月〉 荒木 優太
さくらさくバード
砂川文次「臆病な都市」

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コロ助がどうしてもカノジョが欲しいとせがむので、ドキンちゃんの死体と買い溜めしたトイレットペーパーで人造人間・コロナちゃんを造り出すキテレツであったが、顔に大きな火傷を負ったブラック食パンマンが村に還ってきたとの報をきっかけに、やがてコロナちゃんには自我が芽生え……って二次創作、どう?

そういうわけで、
砂川文次「臆病な都市」
(群像)には驚かされた。なんと感染症小説なのである。しかも小ネタとして扱うのではなく、相次いで発見された複数の鳬の死体が新型感染症蔓延の疑念となって、確たる科学的根拠なしに広がる都市パニックを寓話的に描き出している。編集後記によると「「こうなる前」の昨年に書かれたものであることを付言しておきます」とのことで、神に愛されている。よって今月はこれを推す。

都市パニックと書いたが、トイレットペーパーを買い溜めするような大衆の姿が描かれているわけではない。というのも、主人公のKは首都庁に勤める小役人で、寧ろ愚鈍な彼らを指揮する統治者視点でことが進んでいくからだ。Kは「大多数に共有されている利益ないしは価値観の総体」を「最大公約数」と名づけ、「自分の発散する想念は、そこには含まれていない」と高をくくっていたが、あれよあれよという間に想定外の反応が連鎖して遂には自身の敗北を認めるに至る。「最大公約数からはみ出た部分を、コギトを握り潰してやった」。先行作の踏襲でもあるようだが、名前「K」に加えて、会議につぐ会議の堂々巡り感は、カフカ『城』の意匠替えであることを連想させるが、イミフな人は、ゴジラが決して出て来ない『シン・ゴジラ』を想像してみてほしい。要するにそういう小説である。

砂川作が偉いのは、読者を甘やかさないのに、ちゃんとリーダブルに書かれているからだ。心構えのようなフワフワした話ではなく、極めてテクニカルな論点。ためしに『すばる』に掲載されている三作、女同士の交流をテンポよい関西弁で描く
ふくだももこ「君か、それ以外」
、父の昔話を聞く
上村亮平「空港にて」
、シャレた青春時代を回顧する
福嶋伸洋「海へ行くつもりじゃなかった」
に目を通してほしい。二~三頁に一回くらいのペースで、改行と改行のあいだに一行空きの休止ポイントが挟みこまれている。作家によってはこれで場面転換したりする。読者としてはこういう配慮は大変助かる。現代の読者は原稿用紙二〇枚以上のテクストならば十中八九一気に通読することはなく、目線を窓に移したり、コーヒーを一口啜ったり、ネットで必要な情報を検索するといった小休止を経て読書行為に臨んでいる。休止ポイントは達成感を細かく分節することで読了までの道のりを健気に応援している。豊かな引用と煌びやかな語彙を巧みに操る
髙尾長良「カレオールの汀(みぎわ)」
(文學界)にさえ、それなりの数の二行空けがあるので、厳めしく見えて実は読者フレンドリーなのだ。ただし、小説家にはある長尺さのもとで読まれることを希う文の束がある(でしょ?)。それを読者側の便宜に譲り渡しては元も子もない。砂川作にはその種の行空けが一切ないだけでなく、無間歇性は作のメッセージと深く関わってもいる。つまり恣意的に頁から目を離してまた本文に戻るとき、同じような話の繰り返しであるがために前後不確かな不安――飛ばしてる?戻ってる?――に襲われるが、これは隔離できない架空の感染病、「最大公約数」の不安と同期している。ブロック状に固めておくことのできないエピソードは全体に拡散し、妙ななだらかさでもって、いささか突飛にも見えるアウシュヴィッツ的絶対隔離へと導く。いま読むべき恐怖である。

旬ものといえば、非小説家の初小説として
松原俊太郎「ほんとうのこといって」
(群像)と
佐々木敦「半睡」
(新潮)が注目される。どちらも初めて書いた小説としてはよく書けていて結構なことだが、強いていえば松原作に小さなペケを二つ。第一に「モノ」と「データ」は違うだろう。第二に文学者(文学作品)の参照が過剰でちょっとうるさいのでは。「たまたまバッグに入っていたカフカの『審判』を読んだ」って、カフカはたまたまバッグに入ってねーから。そういう意味ではきちんと衒を学学させている佐々木作、またはメジャー固有名の潜勢力を最大限利用した
田中慎弥「完全犯罪の恋」「半睡」
(群像)を参考にするといいんじゃないでしょうか(ウエメセ、キター)。田中作の女性はちゃんと頭おかしくて良かったよ。(あらき・ゆうた=在野研究者)
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