連載 『カイエ』の「十人委員会」 ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 147|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く
更新日:2020年4月3日 / 新聞掲載日:2020年4月3日(第3334号)

連載 『カイエ』の「十人委員会」 ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 147

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1980年頃撮影
HK 
 ファスビンダーと料理の逸話についてはご存知ですか。
JD 
 彼にとっては、料理なんてどうでもいいことだった(笑)。
HK 
 ドイツの南で撮影している時の話です。その場にはフランスの女優がいました。彼女の話によると、撮影中毎日のようにソーセージとジャガイモしか食べることができなかったそうです。一度だけ、彼女の友人がイタリアから来るというので食材を持ってこさせ、まともな料理を作りました。食事の場になったら、出したもの全てにケチャップをかけられて唖然としたそうです。
JD 
 (笑)。彼はドイツ人なので、当然のようにそのようにしたのでしょう。一方で、私達フランス人はそのようなことはしません。ドイツとフランスの大きな違いです。
HK 
 批評の話に戻ります。最近は反対していますが、ドゥーシェさんも昔は作品を判断して切り捨てている時期がありました。『アール』誌に書いていた時や……。
JD 
 それは給与を支払われていたからです。毎週必要な映画を見て、判断を下していました。その時期に書いていたものは、必ずしも好きな映画だったわけではないので面白くない文章です。当時見た悪い作品は、それ以来見たこともありません。
HK 
 確かに当時の新聞などに目を通すと、全く知らない作品がたくさんあって驚きます。後々まで名前が残る作品は、非常に稀だったようです。あの頃のドゥーシェさんの批評ははっきりしており、「最高」と「良くない」だけだった。ルノワール、ラング、プレミンガーなど今日でも知られている作家に熱狂している一方で、今では忘れられてしまった他の映画作家に対しては淡々としていました。
JD 
 私も悪くない仕事をしてきました(笑)。
HK 
 昔は『カイエ』の「十人委員会(星取表)」も行っていました。
JD 
 「十人委員会」は、批評とは別のものです。
HK 
 どのような考えで行われていたのでしょうか。『カイエ』の最初から、行われていたものではありませんね。
JD 
 私が『カイエ』で書き始めた頃にスタートしたのだと思います。確かに、私は『カイエ』の本当に最初、つまりビアリッツの「呪われた映画祭」において、ロメールとトリュフォーと知り合いました。しかし、『カイエ』で本格的に書き始めたのは彼らの後です。

本来『カイエ』は、好きな映画についてしか書かない批評誌でした。ルノワール、ラング、ヒッチコック、ホークスを私たちは好きだったから、彼らの映画について書いていただけです。
HK 
 同時代の映画について書くことが欠けていたのではないですか。
JD 
 当然、あの時代の映画についても書いています。あなたの歳では想像するのが難しいかもしれませんが、ルノワールもヒッチコックもその当時の映画だったのです。しかしながら真剣に考えられることがなかった。私たちは、当時のインテリの映画批評を真っ向から攻撃することになったのです。
HK 
 好きな映画だけを語るだけではいけない、と思う瞬間があったから「十人委員会」が始まったのではないでしょうか。
JD 
 確かにその通りでした。一回の特集だけでは書ききれないことがありました。ホークスの新作について書きたい人もいれば、ロッセリーニについて書きたい人もいたのです。しかし批評誌として、毎回のテーマがありました。ロッセリーニやホークスは、私たち皆が共通して好きな作家だったので問題はありませんでした。しかしフォードやプレミンジャーになると、あまり好きではない人もいました。それでも、映画作家の作品については短い文章を書くことがありました。
HK 
 「『カイエ』における本当に重要な文章は、短いものばかりである」とダネーが言っていました。
JD 
 彼はそのように考えていましたか。そうかもしれません。つまり、書きたい人が好きなように書いていたのです。
HK 
 「十人委員会」はどのようにして始まったのですか。
JD 
 私たちの取り上げることのない作品がたくさんありました。ページが足りなかったのです(笑)。取り上げなかったからといって、悪い作品だったわけではありません。なので、自分たちの好き嫌いを、星の数によって示したのです。『カイエ』の絶対的な意見ではありません。
HK 
 ドゥーシェさんの、当時の星の付け方を見ると、『アール』における批評文と同様、満点か星なしといったかたちで、極端です。
JD 
 それは、映画を含む芸術に対して点を与えて格付けする態度を、私が好きではないからです。良いものは良く、悪いものは悪いのです。
〈次号へつづく〉

(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテーク・ブルゴーニュ)
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