小説の思考: ミラン・クンデラの賭け 書評|西永 良成(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年6月24日 / 新聞掲載日:2016年6月24日(第3145号)

小説の思考: ミラン・クンデラの賭け 書評
クンデラを現在の地勢図のうえに鮮やかに炙り出す

小説の思考: ミラン・クンデラの賭け
出版社:平凡社
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マスコミがとりあげる海外文学の話題が、ノーベル文学賞の時期に限られるようになって久しいが、この人こそ受賞に相応しいと思う小説家に、ミラン・クンデラがいる。一九二九年にチェコの古都ブルーノに生まれ、七五年には閉塞する故郷からフランスに逃れ、八四年『存在の耐えられない軽さ』によって世界的成功を収めた作家の人生と作品が、安易な要約を許さない襞に満ちたものであることを承知の上で言えば、現代のボーダレスな状況を見事に体現する彼の作品は時を経て古びるどころか、ますますアクチュアリティを増しているように思われる。本書は、長年にわたり、その小説と評論を訳してきた西永良成による簡にして要を得たクンデラ論だ。

クンデラを語る際に「チェコ生まれのフランス作家」という表現が枕詞のように用いられるが、本書では、作者の伝記的事実と作品を時系列に沿って分析していく方法によって、作品や作風の背景が説明されるのはもちろんのこと、クンデラがある時期から直接フランス語で執筆するようになっただけでなく、以前の作品の訳に関しても徹底的な校訂を行って決定版を作ることになった経緯が多角的に明らかにされる。

西永はすでに前作『ミラン・クンデラの思想』(一九九八)において、「キッチュ」や「イマゴロジー」といったキーワードを明解に解説するかたわら、作家が偏愛する変奏形式に関しても音楽的構造に注目しつつ分析することで、クンデラの創作の秘密を明らかにしていた。以来、クンデラは『無知』『カーテン――七部構成の小説論』『出会い』『冗談』『無意味の祝祭』といった重要な作品を発表したのみならず、二〇一一年にはプレヤード叢書に「生きながら」入るという、文字通り文学の殿堂入りを果たし、新たな展開を見せた。その意味で、チェコ語からフランス語への移行によって、形式や文体のうえでどのような変化が起こったのかについても踏み込んだ議論がなされている本書は、前作をアップデートしたという側面もあるが、それに留まらず、(おそらくは完結に近い)クンデラ文学の全体像を提示しようという意図に満ちている。『小説の技法』『裏切られた遺言』『カーテン』といった卓抜したエッセー集への踏み込んだ読解が見られるのもそのためであろう。

本書の題名「小説の思考」とは何を意味するのか。クンデラが出発点から堅持してきた小説観がある。小説の唯一の存在理由は、「それまで未知だった実存の一部分を発見」すること、それこそが小説の唯一のモラルだという考えだ。西永は、この点を強調しながら、二十一世紀においても変わらぬ文学の存在意義を強調する。哲学や思想がなしえない、小説の思考があるはずだ、という確信こそが、西永がクンデラを訳し続けてきたことの原動力にあるのではなかろうか。クンデラがすでに四半世紀も前に描いた、大衆社会の苦笑いするしかない不条理な状況はいまや完全に日常茶飯の光景となった。文学は、つねに現実の先を行くのだ。それだけではない、現実が追いついた後でも、小説は再び現実を追い越すような読解を読者に要求する。クンデラの作品を読むとはそのような希有な経験をきわめてアイロニカルに実行することにほかならない。

クンデラを現在の地勢図のうえに鮮やかに炙り出す本書は、この軽みと深みを同時に備えた作家の魅力にいまだ取り憑かれていない読者たちにとって最良の入門書であるだけでなく、将来のクンデラ研究の一里塚としても得がたい本となるにちがいない。
この記事の中でご紹介した本
小説の思考: ミラン・クンデラの賭け/平凡社
小説の思考: ミラン・クンデラの賭け
著 者:西永 良成
出版社:平凡社
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