スポーツ/アート 書評|中尾 拓哉(森話社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年5月15日 / 新聞掲載日:2020年5月15日(第3339号)

スポーツ/アート 書評
ポスト・コロナ時代のスポーツ/アートを考えるために

スポーツ/アート
編集者:中尾 拓哉
出版社:森話社
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スポーツ/アート(中尾 拓哉)森話社
スポーツ/アート
中尾 拓哉
森話社
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スポーツとアートの結びつきをテーマにした書き下ろしの芸術評論集。今年のオリンピックに便乗した出版物かと思いきや、中身を読んでみると一四人の執筆者による論考は多様な論点から既存の芸術論の枠を越えようとするもので興味深い。それでもあえて二〇二〇年初頭に刊行したことで本書はさらなる論議を喚起しアート界にも新たな波紋を起こすはずだった。そう、新型コロナウイルスによって東京オリンピックが延期になる前までは……。

ただ、誤解なく。本書の掲げるテーマは本来オリンピック開催年とは関係なく有効なものだ。編者の中尾拓哉はスポーツとアートを「&」ではなく「/」──それは「二つのジャンルの境界線、それらを一つにする括線、そして運動を表す斜線」である──で多義的につなぐことを企図したという。ならば、ステイ・ホームの合言葉のもと競技場で観戦したり展示室で鑑賞したりといったスポーツやアートの仕組みそのものがまったく機能しなくなってしまったいま本書を読むことはむしろウイルス禍によって確実に変容した私たちの身体意識をベースにポスト・パンデミック時代のスポーツ/アートを考えることなのではないか。ここでは本書が投げかける問題提起をあえてそう読み替えてみる。

そもそも現在のスポーツ/アートのシステムは一九世紀につくられた近代の所産だ。近代オリンピックは一八九六年アテネ大会で幕を開けるが、その前年に初の国際美術展ヴェネツィア・ビエンナーレが始まっている。また、クーベルタン男爵が古代オリンピックにあったとされる芸術競技の復活を提唱したことで、一九一二年から一九四八年までは絵画、彫刻、建築、音楽、文学の五部門からなる芸術競技が存在していた。その後芸術競技はなくなるがスポーツにおける美しさは芸術点を競う体操やフィギュアスケートなどに組み込まれてきた。本書の冒頭でスポーツとアートの近接性と脱近代主義を論じる北澤憲昭は、美術にも競技性があり現在ではヴィデオゲームを芸術の一分野として確立しようとする動きがあることを指摘する。その意味では今回サーフィン、スケートボード、ボルダリングといったまさにポストモダンなスポーツを新種目として一挙採用する東京大会は逆説的に近代オリンピックの限界を示すはずだったが、その瞬間は疫病という前近代的な災禍によっていま遅延させられていることになる。

また、スポーツの身体性は空間や時間さらには社会に立脚する点でアートと共通している。暮沢剛巳のオリンピックスタジアム建築の変遷を辿る論考に続き、鈴木俊晴はミュンヘン大会におけるゲルハルト・リヒターとブリンキー・パレルモの共同計画案をフライ・オットーの軽量建築と交差させながら発掘してみせる。渋谷哲也のリーフェンシュタール論と渡邉大輔の戦前の日本漫画映画にみるナショナル・ボディ論は映像プロパガンダとナショナリズムの問題を、打林俊は日本スポーツ写真受容史の陰にカメラ輸入商社によるメディア戦略を解読する。

選手と芸術家は見せる主体としても見られる客体としても接近していく。中尾拓哉は柔道に専心したイヴ・クラインの作品に表れる体感と精神が点や線や面ではなくただ色彩に宿ると指摘する。栗本高行は篠原有司男のボクシング・ペインティングをエフェメラルな芸術行為として評価し、大山エンリコイサムはバスケットボールのフローとグラフィティの身体感覚を、山峰潤也は動画技術とダンスの振り付けを接続してみせる。木村覚の観客論や原田裕規の俯瞰の考察は最終章の犬飼博士と吉見紫彩によるeスポーツ/メディアアート談義へと拡張されていく。

本書全体に流れるこうしたダイナミズムは編者のほか原田裕規の協力によるものが大きそうだ。執筆陣の一部は七年前に原田が編んだ『ラッセンとは何だったのか?──消費とアートを越えた「先」』にも重なることから本書はエッジーな芸術論アンソロジー第二弾として読むこともできる。

新型コロナは防疫という観点からオリンピック以上に世界中の国や地域を浮き彫りにした。水際作戦や一致団結がナショナリスティックに叫ばれる一方、国境を越えた新たな協調の必要性も主張される。国際大会や国際芸術祭のあり方も変わるだろう。また、自主隔離やソーシャル・ディスタンシングによってフィジカルな接触を避けるようになった私たちの身体性は感染収束後回復しうるものなのか。そして、eスポーツをいかにスポーツとして認めていくかなどすべて今後の課題である。(北澤憲昭、暮沢剛巳、鈴木俊晴、渋谷哲也、打林俊、渡邉大輔、栗本高行、大山エンリコイサム、山峰潤也、木村覚、原田裕規、犬飼博士、吉見紫彩執筆)(くすみ・きよし=美術編集者・評論家・東京都立大学准教授)

★なかお・たくや=美術評論家・多摩美術大学美術学部芸術学科非常勤講師。著書に『マルセル・デュシャンとチェス』。
この記事の中でご紹介した本
スポーツ/アート/森話社
スポーツ/アート
編集者:中尾 拓哉
出版社:森話社
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