戒厳令下の文学―台湾作家・陳映真文集 書評|陳 映真(せりか書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年6月24日

戒厳令下の文学―台湾作家・陳映真文集 書評
庶民の秘かな悲しみを描く
収録作品を順に読むと見えてくる作家の歩み

戒厳令下の文学―台湾作家・陳映真文集
出版社:せりか書房
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今日台湾文学を政治的視点から語る際、最もポレミックな作家陳映真(一九三七~)の日本における初めての作品集である。台湾出身でありながら「万古以来ずっと確かな中華」幻想に固執する中国ナショナリストとしての政治的言動に反感を覚える人は多いだろうが、その小説における抒情性は台湾文学史に書き込まれる価値がある。台湾における社会的批判者から、左翼イデオロギーを無視して、中国の社会問題を人民内部の問題と断定してしまうほどナショナリズムに拘泥する彼の立場を受け入れ難くても、人生の数だけ悲しみがあることに目を向けた抒情作家としての功績は残る。左翼を自称していても、作家としての表現力を高めているのはイデオロギーでなく抒情性である。文学の叙情性が政治的意見を支えているのであり、その逆ではない。その抒情性はどこから生じるのだろうか。一九七〇年代後半、戒厳令下の台湾で展開された郷土文学論戦で、陳映真は詩人余光中と論敵として思想的に対立していたが、実は両者には抒情作家としての共通点があるように思う。違いは誰の悲しみを掬い上げるかである。植民地、戒厳令と苛酷な歴史に翻弄されながら、苦しみ傷つき倒れてもなお立ち上がる台湾の人々思いを台湾文学が紡ぎ出すとしたら、作品が豊かな叙情性を湛えるのは当然とも言える。その意味で、陳映真はどこまでも台湾が生んだ作家である。

アンソロジーでありながら、その編集意図や訳者解説が一切ない奇妙な翻訳集で、自伝風エッセイを収録していても、決して読者に親切とは言えないが、収録作品を順番に読み進むと、陳映真という作家の歩みが見えて来る。小説は一九五九年から二〇〇〇年までを収録しているが、庶民の秘かな悲しみを描き、民衆派たる所以を示す初期の代表作「麺屋台」、「将軍族」から、中期の代表作「夜行貨物列車」、「趙南棟」、そして文学的に成熟した「忠孝公園」まで、主要な作品が時系列的に収録されている。ただ「鈴鐺花」よりも完成度が高く、白色テロ時代の夢や犠牲を切々と描いた佳作「山道」が収録されていないのが惜しい。「夜行列車」は批判対象が日本とアメリカと異なるが、黄春明『さよなら再見』に似て、海外資本に蹂躙される市民の悲しみと怒りを背景にしている。そこでは皮肉や諧謔のようなレトリックを経ずに、直線的に悲しみのリリシズムが浮かび上がる。一九八七年戒厳令解除直前に発表された「趙南棟」は、大陸出身の政治犯夫婦とその息子たちの何重にも絡み合った悲劇を描く。獄中出産した息子の性的指向を堕落と描く点に時代の限界は見えるが、人生の最後に振り返る過去が、個人から集団へと繋がっていると考えるところに陳映真らしさが窺える。こうした台湾を巡る個人と集団の記憶がどのように接合されるかという視点から見れば、陳映真の代表作は「忠孝公園」だと言い切ってもいいかもしれない。奇数章で旧満州出身の特務経験のある老人を、偶数章で日本軍兵士となった台湾人の老人を主人公として配置し、大陸中国の抗日記憶と台湾の植民地記憶が、戦後台湾で接合できない地平まで描いた佳作である。

最後になるが、誤字や誤訳が散見するので、もし再版となる場合は推敲を重ね、校正にもっと注意を払ってほしい。また書名が『戒厳令下の文学』となっているが、作家陳映真の出発点は戒厳令下でも、本書は解除後の作品まで収録しているので、その点も含めてやはり訳者解説があった方がいい。(間ふさ子・丸川哲史訳)
この記事の中でご紹介した本
戒厳令下の文学―台湾作家・陳映真文集/せりか書房
戒厳令下の文学―台湾作家・陳映真文集
著 者:陳 映真
出版社:せりか書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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