【横尾 忠則】コロナは空間をおかしくしたが、時間も麻痺させた|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
更新日:2020年5月22日 / 新聞掲載日:2020年5月22日(第3340号)

コロナは空間をおかしくしたが、時間も麻痺させた

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緊急事態期間、アトリエで自粛中の筆者
2020.5.11
 この前から首と肩に激痛が走る。コロナ患者も激しい筋肉痛に襲われると。発熱も咳も頭痛もないので心配せず。
ふと鍼針の先生の施術を受ける。心筋梗塞の場合、首には激痛ありと言われ、早速、主治医に電話。心筋梗塞の場合は左首のみなので心配ないと。

2020.5.12
 〈元中央公論ノ故荒井サンガ「花偏ニ花ヲ書イテ何ト読ム」ト聞ク。ソンナ字ナイト言ウト、「ナゴム」ト読ムダッテ〉。
最近の夢は生者、死者区別なく出てくる。以前は死者は必ず夢枕に立って、亡霊として出現したものだ。昔の死者の方がケジメがあった。

2020.5.13
 相変らず首、肩のコリはとれず、マッサージ師を呼ぶ。2週間に一回しか風呂に入らないマッサージは、もうこれっきりだ。

2020.5.14
 〈物凄イ大雪。タクシーヲ呼ブガ、動カナイ。ドコニ行クンダカ、モー止メ〉という夢。

2020.5.15
 絵は未完の状態でできているが、あと一息。まだ画竜点睛を欠く。仏作って魂入れずじゃねえ。

2020.5.16
 今朝の朝日の書評『ザシキワラシと婆さま夜語り』(河出書房新社)を取り上げるが、この本の著者佐々木喜善は柳田国男『遠野物語』の原作者で、柳田は喜善の語った話を「一字一句をも加減せず、感じたままに書いて」、あの名著『遠野物語』を世に出した。喜善は作家であると同時に民俗学者だが、柳田を訪ね、遠野の伝説を話す。喜善の柳田の初印象は、意外だが、「官僚臭の人で、とまどった」ようだ。その後、毎月二回柳田宅を訪れて遠野郷の話を柳田に語り続けた。その喜善の話を柳田は泉鏡花の文章を手本に簡潔な文章に書き直して柳田の著書として発表したのが、今日の『遠野物語』である。
柳田が金田一京助を伴って、喜善に会った時、金田一の喜善に対する印象は「素直な素朴な単純な人柄」と評しているが、一方柳田は文学を目指そうとする喜善にはことごとく厳しい。そのために喜善の作品は否定されるのでなかなか頭角を表し難い。柳田はなぜか喜善の文章から文学臭を取り去ろうとする。喜善はすでに、泉鏡花や三木露風との文学的交流を持っており、さらに様々な霊体験をしている。本物としての喜善を柳田は恐れていたのではないだろうか。喜善が表舞台に出ると、柳田の存在理由がなくなるのではとついうがった見方をせざるを得ないのである。このことはあくまでもぼくの勝手な憶測であるが、喜善の霊的能力は、学者肌の柳田にとっては、かなりうとましい存在であったのではないかと思う。
文学的能力も才能もある喜善が、どうして、宝の山をわざわざ柳田に与えてしまったのだろう。自分で『遠野物語』を書けばよかったのに、不器用な生き方しかできない喜善の悲劇でもある。そして、彼の最期は不遇な死を迎えることになる。今日の時代なら『遠野物語』の著者は佐々木喜善で、編者またはゴーストライターが柳田国男ということになるだろう。柳田がなぜ喜善の存在を無視してまでも自らが表舞台に立つ必要があったのだろう。『遠野物語』が名著だけに実にミステリアスである。また本書、佐々木喜善著『ザシキワラシと婆さま夜語り』にも柳田との一件はなぜか、いっさい触れられていない。その点は実に不親切であると同時に、理解し難い。

2020.5.17
 駅前へ。普段の変らぬ人出だが、マスクをしていない人はほとんどいない。何週間振りかで桂花へ行って、フカヒレそばを食べる。いつもの昼なら満員だが、さすが客はまばら。家から歩いて来たので、きつかった。帰りは熱中症対策にスポーツドリンクを飲みながらアトリエへ。駅を2区間ほど歩いた感じだ。
結局、自粛緊急事態期間中、150号を2点描いただけだ。コロナのお陰で時間感覚が完全に狂ってしまっている。コロナは空間的にもおかしくしたが、時間的にも麻痺させてしまった。(よこお・ただのり=美術家)
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