夢の歌から 書評|津島 佑子(インスクリプト)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年6月24日 / 新聞掲載日:2016年6月24日(第3145号)

夢の歌から 書評
小説の言葉に触れることの意味が豊かに描き出される

夢の歌から
出版社:インスクリプト
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津島佑子の最後のエッセイ集『夢の歌から』には、小説の言葉に触れることの意味が、豊かに描き出されている。「小説は歴史とちがって、想像力の産物にちがいないけれど、ファンタジーに浸るために読むものでもない。より繊細な現実に近づくために、私たちは小説を読んできたのでなかったか」。3・11の惨事のあと、小説を読むこと、小説を書くことは、一人一人の人間が生きる現場とどのように結び合いうるのだろうか。そうした問いを、文学の言語によって思考し描出した、珠玉の一冊である。

東日本大震災と原発事故が起きてから、日本社会では、これまで見ずに済ませてきたこと、知ろうとしなかった現実があからさまになり、近代のいびつさ、グロテスクな構造が可視化されてきた。だからこそいま、近代文明とは異なる時間、別の行き方として先住民文化を見つめ返したとき、もう一つの世界の時間を知ることができ、この世界は複数の価値観に開かれる。

そのような観点から津島佑子が語り示すのが、原子力発電が先住民の世界を踏みにじることで成り立っているという現実であり、知ろうとして踏み出す一歩が、世界の全体の手触りを実感することにつながるという力強い確信である。

複数の時間が流れ、記憶の時間を再現することができる小説の言葉には、聞こえにくい声、気がつきにくい声を受け止める力があるといえるだろう。「なんとなく」知っているつもりになって、現実を知らず、知ろうともしない「無関心」は、誤解や差別を生みだし、それを固定化させてしまう。その一人一人の「無関心」を、他者やマイノリティの世界に接続させる小説の言葉や物語の世界を、津島佑子は書き続けてきた。本書のなかで、近代のいびつさを現在の文学作品がどこまで描けているのか、と問いかけながら、津島は文学の「責務」について叙述し、個人の欲望や対立を超え、複数の価値観を受容することの可能性を指し示そうとしている。

無視されてしまう小さな声や、知らずにいた他者の世界を伝える小説の言葉は、それを知った私たちに、別次元の視点を与えてくれる。だからこそ、小説を読むことは、「人類」、「生き物の一種」、「地球」といった視点から世界を実感することにつながり、喪失と再生が繰り返す「生と死の輝かしい営みを直接、知る」瞬間が得られるのだ。小説的想像力こそが希望にほかならないというメッセージは、読む者の心に強く響く。
この記事の中でご紹介した本
夢の歌から/インスクリプト
夢の歌から
著 者:津島 佑子
出版社:インスクリプト
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