映画と移民 在米日系移民の映画受容とアイデンティティ 書評|板倉 史明(新曜社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年6月17日 / 新聞掲載日:2016年6月17日(第3144号)

映画と移民 在米日系移民の映画受容とアイデンティティ 書評
画期的な意義をもつ一冊
日本語による映画研究のポテンシャルをさらに底上げする

映画と移民 在米日系移民の映画受容とアイデンティティ
出版社:新曜社
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森話社「日本映画史叢書」シリーズはじめ、2000年代半ばから10年代初頭まで続いた映画論アンソロジーの出版ラッシュの後、ここ数年、若手世代の映画研究者による単著の映画研究書、しかも、いずれも質量ともに充実した著作の刊行が相次いでいることは喜ばしい。昨今の人文学研究をめぐる厳しい状況下で、着実に学術的成果を積み重ねてきた諸氏の努力にまず敬意を表したい。

東京国立近代美術館フィルムセンター研究員を経て、現在は神戸大学に准教授として籍を置く著者が、大学院博士課程在籍時以来、10年以上に渡って取り組んできた在米日本人移民コミュニティの映画文化に関する研究は、所在不明だった戦前作品も含む多数の日本映画フィルムがロサンゼルスの全米日系人博物館に所蔵されていたことを確認し、フィルムセンターへの寄贈と一部の上映を実現させるという重要な成果としてもすでに結実している。「アメリカ史」の重要な一部として位置づけられてきたエスニック研究、国民国家という枠を前提とした〈国民性〉研究を基盤として形成された地域研究、「アメリカ映画」「日本映画」といった国籍による区分けが主流だった各国映画研究、それらの既存の学問分野のいずれにとっても射程外にあった、日系アメリカ人コミュニティにおける独自の映画文化の形成について、コミュニティ・ペーパーをはじめとする各種文献、フィルム、オーラル・ヒストリーなどの多彩な資料を掘り起こし、多岐にわたる重要な新事実を明らかにしてきた著者の研究活動が、こうして一冊の単著としてまとめられたことは、現在の日本語による映画研究のポテンシャルをさらに底上げする画期的な意義をもつものといえる。

1910年代から1930年代を中心とする日系アメリカ人社会における日本語映画の流通、興行、教育利用、独自の映画製作などの、従来ほとんど知られてこなかった実態を、自ら新たに掘り起こした資料の精査に基づいて解明してゆく本書が、先行する類書がほとんどない、きわめて高いオリジナリティをもつ著作であることは、万人が認めるところだろう。しかし、孤立したニッチな研究書として閉じることはなく、アメリカにおけるエスニック・マイノリティ研究、映画研究、地域研究の今日に至るまでの蓄積と、その限界とを共に踏まえつつ、先行研究の射程の届かなかった領域を丹念に埋めてゆく本書は、多方面で活用可能な情報を高密度に集約した、融通性の高い一冊となっている。

大半は日本から輸入され、一部は在米日系移民により独自に製作された日本語映画のフィルムの紆余曲折に満ちた流通経路が、本書では詳細に跡付けられてゆき、その過程で、「映画フィルム」の、一筋縄では捉えきれない複雑な性質がクリアに見えてくる。映画フィルムとは、興行者にとってはさまざまな形で富をもたらす動産であり、賭場からの収入を〈寄付金〉として洗浄する勧進興行の呼び物としても用いられた。観客にとっては「日本人」としての文化的アイデンティティの拠りどころともなり、また、「映画と講話」による二世教育に取り組んだ牧師伴武はじめ精神的指導者層により、ナショナリステイックな民族統合に資する教材・文化財としても活用された。対日戦争開始と同時に、日系人の所有していた多数の日本語映画フィルムを「敵性財産」として接収し、地政学的情報の取得、日本人の国民性研究、日本語学習などに利用したアメリカ政府にとっては、それらは戦略的情報の集合体として特別な価値をもった。そして、これらの接収された日本語映画フィルムは、戦後1960年代後半から日本へと徐々に返却され、日本国内では「失われたフィルム」と考えられていた多数の戦前日本映画が、貴重な文化遺産として取り戻されることとなった。モノであり、消耗品であり、(文化)財であり、精神文化の拠点であり、データセットでもある、「映画フィルム」というものの融通無碍な多面性の記述に際して、本書は特に精彩を発揮している。
この記事の中でご紹介した本
映画と移民 在米日系移民の映画受容とアイデンティティ/新曜社
映画と移民 在米日系移民の映画受容とアイデンティティ
著 者:板倉 史明
出版社:新曜社
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