画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近 書評|小熊 正久(東信堂)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年6月17日 / 新聞掲載日:2016年6月17日(第3144号)

画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近 書評
邂逅から対話へ
現象学と分析哲学の架橋

画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近
出版社:東信堂
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現代哲学の二大潮流をなす現象学と分析哲学は、水と油の関係にあると言われてきた。実際、具体的経験の記述に基づく現象学と概念分析を軸とする分析哲学の間には、議論の前提においてもアプローチの仕方においても、乗り越え難い溝があるように見える。本論集は、画像と知覚という主題に即して、こうした溝を埋めようとする野心的な試みだ。画像の知覚、芸術作品の知覚、知覚それ自体という三つの主題に関して、現象学と分析哲学が邂逅する場面に読者は居合わせることになる。

第一部「画像とは何か」では、フッサール現象学における像経験の分析――像物体(絵の具の塗られたキャンバス)、像客体(キャンバスに描かれている人物の像)、像主題(モデルとなっている人物その人)という三種の像の区別に基づく分析が読める。とりわけ、様々な画像の現象学的分析を通じて三種の像の相互浸透や像経験の受動性を明るみに出す田口論文は極めて示唆に富み、絵画における知覚内容と描写内容との分離の問題を分析美学の見地から扱う清塚論文(第二部収録)と突き合わせて読むことが可能だ。

第二部「絵画と芸術作品について」で特筆に値するのは、メルロ=ポンティによる絵画の知覚分析を、表象的志向性と身体的志向性の働き方から読み解く國領論文、サルトルの芸術作品論を作品の存在論的地位ではなく、美的態度についての主張と解釈する森論文であろう。

第三部「知覚について」には、現象学と分析哲学双方の議論の要をなす「知覚」という主題に切り込む六つの論考が収められている。現象学と分析哲学の接点を探るという点では、フッサールのカテゴリー的直観を分析哲学における知覚の概念主義と非概念主義の対立を乗り越える試みとして提示する佐藤論文、ウィトゲンシュタインに即してアスペクト転換における変化の内実を分析する山田論文、痛みの解釈をめぐって知覚の哲学における志向説の限界を示す小草論文がとりわけ興味深い。

本書に収められた論考の多くは、哲学や美学の分野での最新の研究成果を踏まえた上で、一般の読者も理解できるように平明なスタイルで書かれている。また、現代哲学において最もホットな話題である「知覚」を中心に据えつつ、絵画をはじめとした芸術作品、写真や映像や絵本など身近な媒体を取り上げているため、読者の多様な関心に沿って読み進めることができる。一般読者に哲学の面白さや身近さを伝えるために、学問的水準を下げる必要はないという編者の意気込みが伝わって来る。

現象学と分析哲学の比較ないし接近について言えば、欧米ではすでにスタンダードな地位を確立しつつある――とはいえそうした研究の翻訳・紹介は残念ながらそれほど進んでいないのだが――し、日本でもとりわけ若手の現象学研究者の側から有意義な取り組みがなされつつある。本論集は像経験や芸術作品の知覚にまでこうした試みを推し進めた点で画期的であるし、現象学と分析哲学の一番の接点でありかつ争点ともなる「知覚」について双方に多くの問題提起をしている点で、今後も参照されるべき研究となろう。

強いて言えば、本論集は二つの思想潮流を比較するための材料を数多く提供してくれてはいるが、両者を本格的に対決させて論点を掘り下げている論考はそれほど多くない――佐藤論文はフッサールの洞察を分析哲学の枠組みに回収することなくむしろそれを問い直すものとして描き直す点で模範的な例外を示している。例えば田口論文と山田論文、小草論文と第三部収録の小熊論文等を突き合わせて論じられたら、現象学と分析哲学をどちらか一方に縮減することなく、より生産的な対話を試みることが可能となろう。これは多少贅沢な展望かもしれないが、本書の主題に関してこれほどの論者が国内にいるというだけでも続編への期待が高まる。
この記事の中でご紹介した本
画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近/東信堂
画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近
著 者:小熊 正久
出版社:東信堂
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