パット・ホビー物語 書評|F・スコット・フィッツジェラルド(風濤社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年1月20日 / 新聞掲載日:2017年1月20日(第3173号)

パット・ホビー物語 書評
フィッツジェラルドが最晩年に挑んだ新しいスタイル

パット・ホビー物語
出版社:風濤社
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パット・ホビー、四九歳。サイレント映画時代の売れっ子脚本家。若い女の前では見栄を張り、お金に困れば恐喝まがいなことまでする。お金が入れば酒を飲み、目は血走っている。何をやってもうまくいかない、そんな男の物語。だが、ダメ男パットは生きることに必死で、その姿からは悲哀に満ちた切なさも滲み出てくる。一体この切なさはどこから来るのだろうか?

F・スコット・フィッツジェラルド(一八九六~一九四〇)は生涯一七〇編ほどの短編を創作した。それらの多くは妻ゼルダの浪費の補塡や、彼女の医療費、パーティ代を稼ぐための濫作だとも言われてきたが、近年の批評では、長編を創作する上で短編小説を書くことは彼にとって重要なことであったという指摘もある。フィッツジェラルドは一九三九年夏から一九四〇年六月にかけて、パット・ホビーを主人公にした一七編の短編を創作し、一九四〇年一月から死後一九四一年五月まで『エスクァイア』誌に掲載された。この当時のフィッツジェラルドはノースカロライナ州の精神病院で入院中のゼルダと離れ、愛人のコラムニストシーラ・グレアムに生活を支えられながらハリウッドで暮らしていた。唯一の収入源である『エスクァイア』の原稿料は二五〇ドルで、経済的にも非常に厳しい最晩年であった。

一九二五年に出版された『グレート・ギャツビー』は感性に訴えかけるような情緒的な描写が、繊細で豊かな比喩表現が読むものたちを魅了した。しかし、『パット・ホビー物語』ではその文体が一変する。登場人物の行動や振る舞いの描写が読む者に場面を想起させる。ハリウッドの脚本家としての経験もあり、ト書きのような描写も目立つ。このフィッツジェラルドの晩年のスタイルは同時代作家のアーネスト・ヘミングウェイにも近く、さらにはレイモンド・カーヴァーのミニマリズムのスタイルにも通底すると言えるかもしれない。

「パット・ホビーのメリークリスマス」の最も緊迫した場面は、登場人物の感情や余計な形容詞や副詞などの修飾語を一切排し、登場人物の会話と状況描写だけで進行する。パットがゴクリとつばを飲む音が聞こえてくるかのような状況、グッドーフがヘレンを刺すような視線でにらみつける瞬間。原文では“silent”の一語である。たった一語で緊迫した場面を読者の眼前に広げる。

「父と呼ばれたパット・ホビー」もフィッツジェラルドの巧みな文体にはっとさせられる作品だ。物語の最後、パットはある新聞記事に「目が釘付けに」(一〇〇頁)なる。幸運を掴んだと思った瞬間ストンと落ちる、読者の頬が緩む瞬間でもある。たった一言でパットの絶望感を伝え、さらには余韻を残す。最晩年に新しいスタイルに挑戦するフィッツジェラルドがここにいる。

アルコールに溺れ健康状態が悪化する中、パット・ホビーを描き続けたフィッツジェラルドの姿を思い浮かべると、また切なくもなる。この切なさこそが、過度な装飾がそぎ落とされたことでより一層、読む者に迫ってくる。栄光に満ちた日々を振り返り「机に突っ伏した。自家用プールがあったあの幸福な日々を思い、肩をふるわせ」(一六九頁)るパットの姿にフィッツジェラルドが涙する姿を重ね、知られざる作者の深淵の底を見て、読者はどう感応するだろうか。(井伊順彦・今村楯夫他訳)
この記事の中でご紹介した本
パット・ホビー物語/風濤社
パット・ホビー物語
著 者:F・スコット・フィッツジェラルド
出版社:風濤社
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