加藤秀俊社会学選集 上 書評|加藤 秀俊(人文書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年1月20日

時代に寄り添い書き続ける
現場主義を貫く点は他の追随を許さない 

加藤秀俊社会学選集 上
出版社:人文書院
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戦後の社会学をリードしてきた著者には、すでに『加藤秀俊著作集』全一二巻(中央公論社、一九八〇~一年)がある。著作集は没後に出版されることが多いが、研究者として最も脂の乗った五〇歳だったことは驚く。早熟な研究者で、多作であったことはすぐにも推察できる。その後も執筆活動は衰えを見せず、時代に寄り添うように書き続けて、もう八〇歳をとうに超えた。

この度、主に著作集発刊後の膨大な著作の中から、珠玉の掌編が二巻にまとめられた。収録した三七編は、「1 フィールドから」「2 フィールドの技法」「3 大学をめぐって」「4 学問のかたち」「5 続・『わが師わが友』」(以上、上巻)、「6 自然とのつきあい」「7 ひとの集まるところ」「8 つきあいの諸相」「9 歴史にまなぶ」「10 世相史あれこれ」(以上、下巻)に分けられて、それぞれの場所を得た。

まず注意されるのは、冒頭に置かれた「遠野をゆく」(一九六三年)である。これは文化人類学者の米山俊直との共著『北上の文化』からの抜粋であった。桑原武夫に導かれ、柳田国男の名著『遠野物語』の舞台を訪ねたが、二人が見た現実は民俗学の視点とはおよそ違っていた。こうしたところから、米山は小盆地宇宙論を立て、加藤は大衆社会論に進む。そうした意味で、この旅は二人の未来を決定したと知られる。

驚くのは「それなりの調査法」(一九八一年)である。一日目はレンタカーを借りて、助手席に固定したビデオを回し、床に置いたレコーダーに気がついた事柄を録音し、目的地の役場で資料を収集する。二日目は三人のお年寄りを訪ねてライフ・ヒストリーを聞き、写真を百枚くらい撮って、夜はノートを整理する。三日目は不明な事項を尋ねて、帰りに原稿の構成を考える。このような二泊三日の調査で連載の原稿をまとめたのだという。
こうした合理的で柔軟な調査を駆使して、日本のみならず、アメリカ・イギリス・ハワイをはじめ、世界各地の「目前の出来事」「現在の事実」(『遠野物語』序文)を書き続けた。「人吉の一夜」(一九八二年)や「走りながら書く」(一九八七年)は、自信の作品であろう。しかも、それらは単なる紀行文にとどまらず、社会を捉える確かな視点を持っている。現場主義を貫く点で、著者の学問は他の追随を許さない。

だが、そのぶん、大学人でありながら、大学に対して懐疑的だったと思われてならない。「松本清張の「大学」」(一九九二年)は、清張の大学小説を分析しながら、硬直した大学制度を批判する。一方では、「「宮本学」をささえるもの」(一九八一年)、「「共同研究」というもの」(二〇一一年)に示されるような、本物の学者への羨望や異業者交流の興奮を説いてやまない。そうした知的関係が豊かな学問の源泉になったことは疑う余地がない。

多彩な文章の中でも、社会学の根幹に関わる一編は、「技術史のなかの社会学」(一九八四年)であろう。近代の技術革新に伴って変貌する社会と人間の関係を考察する学問として、社会学が生まれたが、新たな情報革新の時代に、伝統的な社会学が対応できなくなっているとする。今、社会学に限らず、二〇世紀に生まれた学問はみな閉塞状況にあり、事態はさらに深刻化している。

その他にも、数々の鋭い指摘を含むものの、収録された文章が二一世紀の社会を鋭く分析するかと言えば、いささか心許ない。それぞれに丁寧な「あとがき」を添えて、今日的な意義を述べるが、回顧的な印象は拭えない。若い研究者へのメッセージにするなら、思い切って、彼らに各章の解説を書いてもらってもよかったのではないか。若い世代からの忌憚のない批評こそ、著者の学問を未来につなぐ契機になるはずである。(
この記事の中でご紹介した本
加藤秀俊社会学選集 上/人文書院
加藤秀俊社会学選集 上
著 者:加藤 秀俊
出版社:人文書院
以下のオンライン書店でご購入できます
加藤秀俊社会学選集 下/人文書院
加藤秀俊社会学選集 下
著 者:加藤 秀俊
出版社:人文書院
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年1月20日 新聞掲載(第3173号)
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