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読書人紙面掲載 書評
2017年1月27日

誠実な叫び
作家の決意と覚悟が詰まった一冊


出版社:ポプラ社
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i(西 加奈子)ポプラ社

西 加奈子
ポプラ社
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ワイルド曽田アイ。

それが『i』の主人公の名前だ。

名前からわかるとおり、彼女は純粋な日本人ではない。アメリカ人の父と、日本人の母を持つ。さらに付け加えると、彼女は両親の血をひいていない。1988年にシリアで生まれた彼女は、養子として「ハイハイを始める前に両親のもとにやって来た」。

小学校卒業までをニューヨークで過ごした彼女は、父の仕事の都合で、そのあと日本にやってくる。

物語の中では、彼女がどんなことを考えているのか、ということが、丁寧に綴られていく。アイの根底にあるのは、罪悪感だ。
《恵まれた部屋、恵まれた環境、恵まれた命のことを思うと、アイは感謝するより先に苦しんだ。》

読みながら、自分の幼いころを思い出した。昔、ニュースを見るのが苦しかった。自分以外の誰かの命が、おそらく本人も予期せぬ形で失われていくという現実が、受け止めきれなかったのだ。

いつからニュースを平然と見られるようになったのかは思い出せないが、なぜ平然と見られるようになったのかはわかる。背景について深く掘り下げなくなったのだ。なったというより、したのかもしれない。誰かが亡くなったり、誰かの大切なものが踏みにじられたりしていくことの、一つ一つについて考えていては、生きていくのが大変すぎるから。

だけどアイの意識の中で、それらの事件が消えることはない。事件は単なる情報ではなく、実際に起こっているものなのだ。彼女は目をそらさない。それゆえに苦悩する。

彼女の救いとなるのは、高校時代に出会った、クラスメートのミナだ。育った環境はまるで違うミナだが、二人は親友になっていく。ミナの言葉がアイを助け、アイの言葉がミナを楽にさせる。数あるミナの言葉の中で、何よりも印象に残ったのは、遠く離れた国から、スカイプでやりとりする二人のあいだで生まれたものだった。強くて優しいメッセージ。

こうした対話は、西加奈子作品におけるキーワードの一つであると感じる。手放しに肯定するのではなく、自分ではない他者の思いにしっかりと寄り添い、違和感も踏まえたうえで、認めようとする。

全体を通して、主人公であるアイの思いと同様に、作者である西加奈子の決意が透けているかのような小説だと感じた。

書き手としての意見になってしまうが、本書に含まれるテーマは、とてつもなくナイーブで、触れにくいと感じてしまうものだ。アイの生まれた国であるシリアの問題や、小学生時代を過ごしたニューヨークでの9・11テロ、さらには東日本大震災についても描写される。その都度、胸が詰まるし、さまざまな感情が去来する。

それでも西加奈子は書いた。おそらく、アイだけではなく、自分自身をも深く苦しめながら。実際の出来事を扱いながらも、ノンフィクションではなく、小説にしかできないことを、体現しようとしているのだと思う。

決意と覚悟が詰まった一冊は、わたしたちにあらゆる思いを浮かび上がらせてくれる。幸せなものだけではない。やりきれないような感情すらも、次々に生まれる。なぜなら現実はつらいことばかりだ。深く掘り下げていったなら、とても直視できないような出来事に満ちている。

しかし苦しさも含めた上で、この叫びのような、誠実で真摯な一冊を、しっかりと受け止めたい。受け止めて、自分の中に吸収して、そのうえで生きていきたい。
この記事の中でご紹介した本
i/ポプラ社
著 者:西 加奈子
出版社:ポプラ社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年1月27日 新聞掲載(第3174号)
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