日本語とジャーナリズム 書評|武田 徹(晶文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年2月3日 / 新聞掲載日:2017年2月3日(第3175号)

日本語とジャーナリズム 書評
根源的なテーマを、丁寧に掘り下げる 
日本語はジャーナリズムの道具たる資格を持ち合せているか?

日本語とジャーナリズム
出版社:晶文社
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私が記者の仕事を志したのは、1970年代に上陸してきた「ニュー・ジャーナリズム」に憧れたためだった。三人称に徹し、といって客観性や中立性に拘らず、場面のディテールや登場人物の心理を活写する。言わば“神の視点”による物語仕立てが魅力だった。

ある程度の経験を積み、長いものも書かせてもらえるようになった頃、私は当然、この手法を真似てみた。が、うまくいかない。

たとえば会話を再現するには、最低でもその場に居合わせた複数の関係者の証言が不可欠だ。だが首尾よく取材できても、その内容が完璧に一致する可能性はゼロに近い。食い違う部分を相手方に知らせて擦り合わせ、などとやり始めたら無限の時間が必要だし、しつこくすれば嫌われて、それまでの取材のすべてが台無しになるだろう。

要するに私は、“神の視点”に立つことなどできやしなかった。それで昔ながらの週刊誌ルポ風のスタイルから脱皮できぬまま今日に至る。本気で何事かを主張したければ、「筆者はこう思う」と、カッコよさとはほど遠い、直截的な表現を採るしかないと諦めた。

以上の経緯を私は、取材の現実と自分の能力の問題としか捉えていなかったのだが、そればかりでもないらしい。本書『日本語とジャーナリズム』を読んで、少しわかった。

著者によれば、ニュー・ジャーナリズムの三人称は、あくまで書き手の支配下にある。多くの研究者が論じてきたように、英語などの西洋語はもともと、語り手を上空の高みに置き、下界を見下ろす“神の視点”の上に成立している。それでもニュージャーナリズムは難しい。幾多の名著も、仔細に検証してみれば、結構いいかげんな部分がなくはなかったようだ。まして日本語においておや――。

なぜなら日本語は主語が曖昧だ。社会から独立した、自律している言語でない。言葉が発せられる場の人間関係、さらには階層的な社会構造に囚われる。であれば、ニュー・ジャーナリズムどころか、そもそも公共的な批評や、ジャーナリズムの道具たる資格を持ち合わせているのだろうか?

あまりに根源的なテーマを、著者は丁寧に掘り下げる。以上のような特性を挙げて、日本語にとって中立的言表はむしろ例外的だ、命題も立てられないと断じた哲学者・森有正の見解をはじめ、多様な論争を紹介しながら、独自の分析を加えていく。

英語などとの比較で日本語の非論理性を唱える言説の主を“植民地型知識人”と一刀両断にしたのは、朝日新聞のスター記者だった本多勝一だ。どの言語にもそれぞれの論理があり、もちろん日本語にも日本語の論理がある。神ならぬ書き手が客観的“真実”に辿り着けるはずもない以上、どこまでも“地上の視点”のままに、可能な限りの取材を積み重ねることで、事実のよりよき伝達を目指したのが彼だと、著者は言う。私には本多流の方がしっくり来た。

他にも本書には、何かに具体的に働きかける「する」言語としての西洋語に対して、その種の表現を好まず、状態を示そうとする日本語は「である」の言語だといった、刺激的な議論に満ちている。ノンフィクション作家の佐野眞一が自らの仕事にジャーナリズムの旗を掲げたがらず、「固有名詞と動詞の“文芸”」だと定義するのは、日本語の宿命を熟知した彼が意識的にか無意識にか、両者を明確に区別しているからではないのかとする旨の問題提起には、思わず膝を叩いた。

さまざまな議論を検討した末に、では著者自身はいかなる結論を導くのだろう。「日本語のジャーナリズムは特殊なルールを持つゲームのひとつ」なのだから、「本当のジャーナリスト」とは、この言語ゲームを「よく理解し、正しくプレイできるプレイヤーのことではないか」とする中間報告はやや意外性に欠けても、その先に大宅壮一や清水幾太郎、片岡義雄らの思想や日本語論を素材に新たな論を立てていく展開に奥行きを感じる。その文章がまた繊細で、美しく、人生の機微に通じた、日本語らしい日本語で…。

著者はICU(国際基督教大学)の大学院で言語哲学と一般意味論を学んだ学究でもある。このテーマに惹かれる契機となった個人的体験も味わい深く、本書をより豊かにものにしている。
この記事の中でご紹介した本
日本語とジャーナリズム/晶文社
日本語とジャーナリズム
著 者:武田 徹
出版社:晶文社
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