武満徹 ある作曲家の肖像 書評|小野 光子(音楽之友社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年2月3日 / 新聞掲載日:2017年2月3日(第3175号)

武満徹 ある作曲家の肖像 書評
現時点における「決定版伝記」
「武満徹」の姿はより「真実」のものへ

武満徹 ある作曲家の肖像
出版社:音楽之友社
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武満徹の著作や対談は新潮社でまとめられている。音源は小学館からCDと資料のかたちで全集が刊行されている。後者には補巻のようにして編集長みずからによる何冊かのインタヴュー集が編まれている。作曲家が没し五年十年のうちに、そのいとなみはほぼ見えるようになっていた。あいだに何冊かの伝記や論もあらわれた。

没後二十年、二〇一六年になって、晩年の作曲家になされたロング・インタヴューである立花隆の『武満徹・音楽創造への旅』が現われた。生前「文学界」に連載され、いつ単行本になるのかと期待されながら、いつしか忘れられてしまったかのようになっていた大部のものである。そこに本書、「決定版伝記」と帯に推された大著『武満徹 ある作曲家の肖像』が刊行されたわけだ。

立花隆の問いと確認、註釈が作曲家自身のことばが縁どる『武満徹・音楽創造への旅』に対し、『武満徹 ある作曲家の肖像』は作曲家とつながりのある多くの人たちのことばにあたりながら、作曲家が著者にむけたことばを欠いている点で対照されうる。この対照のゆえに、武満徹についてこれから知りたいとのおもいを抱く人に、二著はともに重要なものとなるはずだ。そして本書、『武満徹 ある作曲家の肖像』は、生前の作曲家につながりのあった人たちの可能なかぎりの肉声が生かされ、丹念に資料を調べて織りあげられている。その意味で現時点における「決定版伝記」でほぼ保証されている。

武満徹は芸術音楽の分野で世界的な成功を収めながら、同時に映画の音楽や小さなソングをとおして広く知られた稀有な作曲家だった。文筆の才にも恵まれ、ことばをとおして、人びとに知られた。この列島において西洋由来の芸術音楽をなぜ自分が試みるのか。この問いはいまだにひびきつづけるものとしてあるだろう。

みずからの音楽観を語る術に長けて、また音楽作品を発想するうえでことばが、タイトルが大きな位置を占めると語った武満徹。この作曲家にアプローチしようとするとき、否応なしに作曲家みずからが発し、語られたことばによってまたとらえかえされ、語られてしまうことが多かった。それは音楽そのものへむかうことへの阻害ともなりえた。

『武満徹 ある作曲家の肖像』が伝記でありうるのは、こうした作曲家とことばからある意味ではなれた、距離をとったところでなされているからだ。たしかに著者も作曲家のことばを引きはする。だがそれが音楽作品の、音楽のかわりになるわけではない。つながりのあった人たちの証言によって流布しているエピソードを確証する。こうして「武満徹」の姿はより「真実」のものに近づいてゆく。

だが同時に、本書を手にとり、文字に視線をおとし読みすすんでゆくとき、武満徹の音楽を聴いたことがなくても、一切参照せずとも、二十世紀後半にアジアの列島において西洋音楽の作曲家として活躍した「ある作曲家の肖像」として読むことができさえする。ひるがえっていえば、これは音楽家について伝記を書くこと、生涯と作品とのつながりを結びつけることの困難の明示でもあろう。正確を期せば期すほど音楽からは遠ざかってゆく。本書の読みやすさからつぎつぎとページを繰ってゆくそのさなか、わざと文字から眼をはなしてみたとき、このおもいが襲ってくるのはわたし個人の資質のせいなのか、どうか。

伝記という語には「伝」が含まれているのだから、それは他者に伝えるという意味とともに、著者に伝わったという意味を読むこともできる。著者ははじめのところで、その声なしではありえなかった特権的なインフォーマントに「さん」づけしたことを、また、「さん」なしでは筆がすすまなくなったことを記している。良くも悪くも、その意味では対象の引力圏から著者は脱しきってはいないのだろう。より中立的な、距離をとった伝記が書かれるまではまだしばらく時間が必要であるのかもしれない。現時点での決定版伝記、と先に記したゆえんである。
この記事の中でご紹介した本
武満徹 ある作曲家の肖像/音楽之友社
武満徹 ある作曲家の肖像
著 者:小野 光子
出版社:音楽之友社
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