四つのエコロジー フェリックス・ガタリの思考 書評|上野 俊哉(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年2月10日 / 新聞掲載日:2017年2月10日(第3176号)

未来のアクティヴィストであり続けるガタリの肖像

四つのエコロジー フェリックス・ガタリの思考
出版社:河出書房新社
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当然の如く、その人生が錯綜の過程であるような、ひとりの人間が存在する。政治活動、フランス、精神分析、イタリア、哲学、ブラジル、言語学、日本、科学、米国、小説、ドイツ、詩……そのテクストもまた混迷をきわめ、様々な要素が入り乱れ、造語がふんだんに盛り込まれ、異なる水準の論題がつながれては切断され、たえず別の話題に横すべりしてゆく、まるで落ち着きのない子どものような、いわゆる典型的な「悪文」である。こうした恐るべき文章に当惑してしまうということもおそらくあるのだろう、その名を広く知られながら、しかし多くの人々を尻込みさせてきたガタリを、とりわけ晩年の二冊――『三つのエコロジー』、『カオスモーズ』――を中心に読み解き、その思想のマッピングを試みるのが、本書『四つのエコロジー』である。

本書ではガタリが、基本的に英語で読まれており(訳語のかたわらに挿入される語も英語である)、英語圏の文献への参照が多いことが、特徴のひとつとなっている。特に、人間以外のモノにも、なんら欠けることのない認識能力や行為能力を認める「オブジェクト指向存在論」や「新しい唯物論」を背景にしながら――人間は、そうしたオブジェクトや機械の一種である――、ガタリの「エコロジー」が紐解かれてゆく。著者は、ガタリのいう「自然環境」、「社会」、「精神」という「三つのエコロジー」に、第四のエコロジーとして「情報」を付加することによって、人間的ならざる物体、技術、道具、電子機器、自然物、ネットワークを含む、たがいに異質なものたちが、記号・シグナルを発しつつ交流し、相互に噛みあい、自然に反してもつれあい、機械への転移をもひき起こしながら、主体感=主体性を創発させてゆく「仕組み」を、描き出すのである(テクノ=マシニックな生態系からの主体の生成)。この「仕組み」のなかでは、言語(学)的な意味作用とは異なる非意味的なシグナルがたえず行き交いながら、人間が中心でも、自然=起源を崇拝するのでもない「生態学」が形成されてゆく(非言語的な記号のはたらきを強調することは、ガタリの思考の常数である)。言うまでもなく、たがいに異質な無数の領域すべてを統べる単一の分節原理――《シニフィアン》――など、そこには存在しない。

ガタリは、いわゆる「学問」からみれば、ほとんど余分な残りものにすぎないものたちの落穂拾いをした。著者のいうように、「あらゆるモノには認知からはこぼれ落ちてしまう過剰な可能性がひそんでいる」。彼の読みにくさの一端は、なんらかの「学」にも「体系」にも収まりきらない分節不可能な余分なものたちが、枠から外に出て、他の領域にある別のものたちと関係してゆくさまを、いや、「まだ関係とは呼べない関係以前の連なり」を、およそ学問からほど遠い、ざらつきのあるやり方で、横断的に叙述してみせたことに起因するのだろう。論じられる主題や、論じる言葉そのものが、決して全体化されえない流動的な部分、すなわち「部分対象」となり、また何らかの作用を及ぼす「部分主体」ともなる。ガタリは、みずから描いた軌跡にその身をもって生成したのだ。

ところで、過剰で余計とみなされるものに、熱心なまなざしを向けつつ、ガタリが人工/自然を区別しない横断的な議論を行った理由のひとつは、言うまでもなく、非人間的な機械とネットワークが細部まで這入る現代の情報化社会を分析するためだろう。だが、ガタリの企図はもちろんそれにとどまらない。著者によるならガタリは、「「みんなキチガイのままで一緒に暮らす」というほとんど夢想に近い路線」を構想しており、それを可能にするための環境の詩学を目指していた。ガタリのうちには「惑星規模の愛へのかすかな方向性」といえるような、一本のしなやかな糸が、凜と張り渡されている。それが浮かび上がらせるのは、没後二五年を経てなお、未来のアクティヴィストであり続けるガタリの肖像である。
この記事の中でご紹介した本
四つのエコロジー フェリックス・ガタリの思考/河出書房新社
四つのエコロジー フェリックス・ガタリの思考
著 者:上野 俊哉
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
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