昭和前期女性文学論 書評|(翰林書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年2月10日 / 新聞掲載日:2017年2月10日(第3176号)

昭和前期女性文学論 書評
これまでのネグレクトに対する明快な異議申し立て

昭和前期女性文学論
編 集:新・フェミニズム批評の会編
出版社:翰林書房
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昭和前期女性文学論()翰林書房
昭和前期女性文学論

翰林書房
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「平成」という元号も退位問題に連れ終わる可能性が出てきた今、「昭和」―それも戦前の二十年間は大昔に違いない。しかし大昔であるはずの時空が、女性作家たちの営みに焦点化してみると、にわかに現代と交響し合うことに驚く。働くこと・パートナーを見つけること・産むこと・居場所を見つけること・外に向かって表現すること。本書の刊行時期、ちょうど日本列島はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』に沸き返っていたが、そこで話題になっていた日本の現代社会にはびこる「やりがい搾取」の体質は、帝国と企業、ときに党派が、女子の労働力を「収奪」ではなく自主的に「供出」させるシステムを開発したこの「昭和前期」に源を持つものかもしれないと膝を打ちつつ、読み進んだ。

(Ⅰ)関東大震災以後のモダニズム、(Ⅱ)プロレタリア文学、(Ⅲ)帝国の〈外地〉と〈内地〉、(Ⅳ)戦争とジェンダー、(Ⅴ)女性文学の成熟と展開、と章立てされた中に、二十八本の論文と六本のコラム、そして研究ノート一本と女性文学論年表が収録されている。

新・フェミニズム批評の会がこれまで刊行してきた『明治女性文学論』が時系列で女性作家たちの動向を丁寧に追い、『大正女性文学論』が「少女」や「同性愛」、「貞操」などのモチーフを依代に表現の可能性を大胆に問うものであったのに比べ、本書では当該の時期、「外地」を含む社会の諸層で、課せられた役割を受けて生きる女性たちの在り方を、女性作家たちが自らのものとして抵抗あるいは過剰適応しつつ表現したものの発掘や評価になっている。渡邊澄子の、川西政明『昭和文学史』への批判――二十世紀の日本文学を「女性の時代」としつつも結果的には幾人かの女性作家をゲットー化して論及するに留めるような従来の文学史に対して、個々の論者が担当作品を徹底精読する本書の編集姿勢は、これまでのネグレクトに対する明快な異議申し立てとして屹立している。

しかしながら、作品の精読の基盤となる、会としてのプラットフォームの再確認など、問い直したくなる部分もある。冒頭に私は、昭和前期を現代と交響し合うと述べたが、「現代の読み手に求められているのは、わかりにくい点を補いながら、当時のプロレタリア文学を、そのままプロレタリア文学として受容するという読書行為」(矢澤美佐紀)というナイーブな認識に会うと、「革命」という最終到達点が共有されていた当時と今日との懸隔に、もっと自覚的になる必要を感じる。「革命」を最終到達点に据える物語を紡ぎ得ない今、「女工」たちの何をリレーし/し得ないかこそ、書き遺されるべきことであると思うからだ。

何としても読みたかったのは座談会形式の総括である。昭和前期、論壇・文壇においては「近代の超克」を想起するまでもなく、多様な価値観を持つ世代も異なる構成メンバーが難関に挑む時、座談会が組まれたのは言うまでもない。複数の論に跨る宮本百合子や佐多稲子、牛島春子の再評価の意味や、党のミッションと性役割分業の交点に発生したハウスキーパー問題への会としての踏み込み、「抵抗」の言説が自国内ではなく植民地など他者に対してどのような意味を持つのか(北田幸恵)といった積み残された最重要課題に挑戦することにも、「論」を超えて「声」で辿り着くことも出来たのではないか。締めくくりとなる、『昭和後期女性文学論』に期待する次第である。
この記事の中でご紹介した本
昭和前期女性文学論/翰林書房
昭和前期女性文学論
編 集:新・フェミニズム批評の会編
出版社:翰林書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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