セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと 書評|スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年2月17日 / 新聞掲載日:2017年2月17日(第3177号)

セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと 書評
過去にとりつかれた受難曲の対位法 
ソ連時代への愛憎入り乱れる思い

セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと
出版社:岩波書店
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ユートピアの声

一九九一年にソ連邦が解体したとき、日本でも左右を問わず多くの人々が、それを「歓迎」していたと思う。かつて社会主義やマルクス主義を奉じていた論者や政党も、理念を救うためには、ソ連という「偽りの社会主義」の破産宣告に加わらねばならなかったわけだから。反面、ソ連解体後、今日に至るまで、かの地で生きる少なからぬ人々が、単に生活が悪化したというのみならず、今なお精神的な痛手から立ち直れない(あるいは実際に立ち直れずに自ら命を絶った)事実には、あまり注意が向けられなかった。確かに、ロシアには過去のソ連体制を懐かしむ年金生活者などがいることが日本にも時おり伝わってきてはいたが、近時、ソ連時代を知らないロシアの若者の間で、しかもソ連解体後の自由と民主主義の幻想に打ち砕かれた親の背中を見ている若い世代の間で、レーニンやスターリン、チェ・ゲバラなどを崇拝する新しい傾向も出てきた。ただし、そこでも問題は、アレクシエーヴィチの本書のタイトルに倣っていえば「セカンドハンド」(中古、なつメロ)であることだろう。

本書は、ソ連時代に人生の少なからぬ時期を送った人々の様々な声を集めたもので、登場する人々の年齢や民族、職業も様々である。ソ連体制を生きていた人々にとって、親や祖父母の世代がスターリン時代に銃殺されたり収容所で過ごしていたり、また「大祖国戦争」では二七〇〇万人戦死していたわけだから、親族単位で考えてみれば、ひどい目にあっていない人はいないくらいである。にもかかわらず、本書に出てくる多くの人がソ連時代をなつかしんでいる。正確にいえば、単になつかしんでいるというよりもソ連に対して愛憎入り乱れる思いを抱いている人が多いのだが。

対する現代ロシアでは、「ならず者」や「投機家」が議会の席に座っているとさえ思われている。エリツィン初代大統領は、人々の生活が悪化するようなことがあれば自分は線路に横たわると見栄を切ったが、実際に線路に横たわったのは生活と誇りを奪われた人々であった。共産主義時代のほうがましだったというわけである。このような声が本書には随所に出てくるが、こうした声を集めた本書は、それまでのアレクシエーヴィチの著作(『アフガン帰還兵の証言』、『チェルノブイリの祈り』など)と並んで、「ユートピアの声」シリーズの一冊という位置づけになっている。

アレクシエーヴィチの文学手法については、先行する評論などが触れており、私自身は門外漢なのでここでは触れないが、そこでいう「ユートピアの声」とは何だろうか。本書で多種多様に交差する声は、それぞれ不満や苛立ち、憎悪、嫉妬、義憤、冷笑、蔑み、悔恨、自虐などを露わにする。さながら受苦の共同体に生きる人々であり、ここまで過去にとりつかれた受難曲の対位法を他に寡聞にして知らない。

ロシア人は世界で最もよくしゃべる国民という話を聞いたことがある。それは例えばドストエフスキーの登場人物の独白などを読むと納得できるが、本書を読んでもその印象は強まる。それらが「ユートピアの声」なのは、ソ連時代への愛憎入り乱れる思いが、共有された集団的経験に根差しているからだろう(スターリン時代の大量弾圧や「大祖国戦争」での未曾有の犠牲、戦後の雪解けや「ペレストロイカ」とその破局、等々)。フレデリック・ジェイムソンは、初期ソ連時代の作家プラトーノフを論じた「ユートピア、死、モダニズム」の中で、ユートピアは、その本質や構造に悲惨や苦難が刻印されたものであり、悲惨や苦難は同時にユートピアを思い出させると述べている。ユートピアとは、何か社会的矛盾が解決されて個人的葛藤も存在しない状態なのではなく、受苦や困難さの隙間から垣間見える一筋の希望の光のようなものなのだろう。本書には悲惨や苦難の身の上話、体験話が多数登場するが、それらは、西側資本主義のライフスタイルの優越性を示唆するというよりはむしろ社会主義的共同生活への見果てぬ夢を喚起するものである。

だから本書を通じて、ああロシア人(旧ソ連人)は社会主義にこりごりなんだといった読後感が残るのとは少し違う。彼ら彼女らは現状否認の言葉を紡ぎ出し、さりとて過去の亡霊から離れることはできず、それが「セカンドハンドの時代」なのだろうが(それをいったら日本人やアメリカ人も「セカンドハンド」であることに変わりないが)、時折、雲の合間からひと筋の希望の薄明りが指してくることもある。「春がくるのを待たなくりゃ。ジャガイモの植えつけをしなくちゃ…」、「死ぬのは惜しい。あたしのすごいライラックを見てくれた? 夜中に家からでてみると、輝いてんのよ。立って、しばらくながめてるの。祈っておまえさんに花束を作ってあげようか…」(松本妙子訳)
この記事の中でご紹介した本
セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと/岩波書店
セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと
著 者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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